東京地方裁判所判決 平成15年3月27日

61歳の男性会社代表取締役が死亡した事案で、3600万円の死亡慰謝料が認められました。

       主   文

 1 被告Aは、原告甲野花子に対し四五三七万七四八七円、原告甲野一に対し四三五六万二四九一円、及びこれらに対する平成一二年一二月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 2 原告らの被告Aに対するその余の請求並びに被告△△株式会社及び被告Cに対する各請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は、原告らと被告Aとの間においては、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告Aの負担とし、原告らと被告△△株式会社及び被告Cとの間においては、全部原告らの負担とする。
 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請 求
 1 被告らは、原告甲野花子に対し、各自七二九六万四一七一円及びこれに対する平成一二年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 2 被告らは、原告甲野一に対し、各自七一一四万三六七五円及びこれに対する平成一二年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告△△株式会社(以下「被告会社」という。)の土浦支店の従業員であった被告A(以下「被告A」という。)が、忘年会で飲酒した上、自動車を運転して帰宅する途中、高速自動車国道である常磐自動車道(以下「常磐道」という。)を逆方向に走行(以下「逆走」という。)した結果、亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)の運転する自動車と衝突し、亡太郎を死亡させた後記1(2)の交通事故(以下「本件事故」という。)について、亡太郎の相続人である原告らが、被告A、被告会社及び被告会社の土浦支店長であった被告C(以下「被告C」という。)に対し、いずれも民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
 1 前提となる事実等(各項末の括弧内に証拠番号を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者等
 ア 亡太郎は、昭和一三年一二月四日生まれで、本件事故当時、株式会社○○の子会社である●●株式会社(以下「本件会社」という。)の代表取締役の職にあった。
 亡太郎は、平成一二年一二月二日、茨城県北茨城市にある本件会社の北関東工場で仕事をした後、午後一〇時二四分ころ、同工場から最寄りの高萩インターチェンジから常磐道上り線に入り、東京都練馬区にある自宅に向かっていた。
 イ 被告Aは、本件事故当時、被告会社の土浦支店の販売二課に所属していたところ、平成一二年一二月二日、同支店の販売一課及び販売二課の従業員が中心となって、茨城県ひたちなか市磯崎町にある民宿「黒勢」で開催された忘年会(以下「本件忘年会」という。)に出席し、飲酒した。
 ウ 被告会社は、大型自動車等の販売、修理等を主たる営業内容とする株式会社であり、被告Cは、本件事故当時、被告会社の取締役であると同時に土浦支店の支店長の職にあった。
 (甲2ないし4、9、16、17、51、59)
  (2) 本件事故の発生
 ア 日時 平成一二年一二月二日午後一一時一二分ころ
 イ 場所 茨城県つくば市大字吉瀬〈番地略〉先の常磐道上り線三郷起点四一・九㎞ポスト付近の路上
 ウ 加害車両 被告Aの運転する普通乗用自動車(車両番号・土浦××や××××。以下「A車」という。)
 エ 被害車両 亡太郎の運転する普通乗用自動車(車両番号・練馬××み××××。以下「甲野車」という。)
 亡乙野次郎の運転する普通乗用自動車(車両番号・水戸××や××××。以下「乙野車」という。)
 丙野三郎の運転する普通乗用自動車(車両番号・福島××て××××。以下「丙野車」という。)
 オ 事故態様 自宅から最寄りの桜土浦インターチェンジを目指して常磐道上り線の第二走行車線を走行していたA車が、同インターチェンジ手前(三郷起点四〇・五㎞ポスト付近)で転回し、同上り線の追越車線を時速約五六㎞で逆走していたところ、折から同車線を走行してきた乙野車と正面衝突した後、後続の甲野車の右前部から右側面にかけて衝突し、宙に跳ね上げられた乙野車が甲野車の後続車両であった丙野車の前部等に衝突した。
 カ 結果 亡太郎は、平成一二年一二月二日午後一一時三〇分ころ、気管断裂による呼吸不全のため、死亡した。また、亡乙野も死亡したほか、丙野及びその同乗者が負傷した。
 (甲1ないし3、11、24、33、34、40ないし46、53ないし56、65、69、81)
  (3) 被告Aの責任原因
 被告Aは、本件忘年会で飲酒した結果、酩酊していたにもかかわらず、A車を運転して、本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条に基づき、本件事故によって発生した損害を賠償する責任を負う。
  (4) 相 続
 本件事故当時、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、亡太郎の妻であり、原告甲野一(以下「原告一」という。)は、亡太郎と原告花子との間の唯一の子であった。
  (5) 損害の填補
 原告らは、被告AがA車について自動車保険契約を締結していた安田火災海上保険株式会社から、平成一三年二月二〇日、本件事故による損害賠償として、三〇〇万円の支払を受けた(甲28)。
 2 争点
  (1) 被告会社の責任の有無
 (原告らの主張)
 ア 被告会社は、自動車販売を業とする以上、従業員に対し、飲酒運転を厳禁し、飲酒運転をすることがないよう厳しく教育指導すべき注意義務を負っているにもかかわらず、これを怠っただけでなく、販売課の営業会議が終了した後、販売課の課員たちが、近くの居酒屋で飲酒してはそのまま自動車を運転して帰宅することを繰り返していたため、被告会社に入社するまでは飲酒運転の経験がなかった被告Aに飲酒運転を覚えさせ、これを更に慢性化させていったものであり、被告会社には、泥酔状態にあった被告AがA車を運転して帰宅するのを積極的に促進した過失がある。
 イ(ア) 本件忘年会は、形式的には被告会社が開催したものではないとしても、実質的には被告会社の業務であり、被告会社が管理運営していたのであるから、その管理責任を負っている。具体的には、被告会社は、本件忘年会に参加した者が飲酒運転をすることがないよう万全の措置を採るべき注意義務を負っているにもかかわらず、これを怠り、泥酔状態にあった被告AがA車を運転して帰宅するのを看過した過失がある。
 (イ) また、仮に本件忘年会が被告会社の業務として開催されたものではないとしても、従業員が、被告Aが泥酔状態にあったことを知りながら、A車を運転して帰宅することに加担しており、当該従業員の義務違反は、被告会社の義務違反と評価することができる。
 ウ したがって、被告会社は、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。
 (被告会社の主張)
アについて
 被告会社は、大型自動車の販売、修理等を主たる業務としており、従業員に対しては、日ごろから機会を捉えて安全運転の励行、交通法規の遵守を教育指導していた。
 被告会社としては、営業会議が終了した後、販売課の課員たちが飲み会を開いていたとの認識はなかったし、ましてや飲酒運転が行われていたことを知っていながら放置していたことはない。
イについて
 本件忘年会は、被告会社が開催したものではなく、土浦支店の販売一課及び販売二課の有志が開催したものであり、幹事は、会費制で販売課以外の親しい者や取引先の者にも参加を呼び掛けた。
 また、本件忘年会の場所は、土浦支店の近辺で選定すると、参加者が飲酒の上、自動車を運転して帰宅するおそれがあることから、むしろ飲酒運転を避けるため宿泊を前提として選定されたものである。
 被告Aは、宿泊の予定で参加の申込みをしており、本件忘年会当日も、予定を変更して帰宅するとの申出はなかったし、幹事にも届けをしなかった。被告AがA車を運転して帰宅するのを見たのは同僚の者だけであって、幹事も被告Cも知らなかった。
  (2) 被告Cの責任の有無
 (原告らの主張)
 ア 被告Cは、被告会社の取締役兼土浦支店長として、同支店の従業員に対し、飲酒運転を厳禁し、飲酒運転をすることがないよう厳しく指導監督すべき注意義務を負っているところ、同支店の次長であるDらが飲酒運転の経験がなかった被告Aに飲酒運転を覚えさせ、これを更に慢性化させていったことを知り、又は知り得べきであったのに、飲酒運転防止のための具体的な措置を何ら採らなかった過失がある。
 イ(ア) 前記(1)のとおり、本件忘年会は、実質的には被告会社の業務であって、被告会社の管理運営の下で開催されたものであるから、土浦支店長であった被告Cは、管理責任者として、従業員が飲酒運転をすることのないよう万全の措置を採るべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、泥酔状態にあった被告AがA車を運転して帰宅するのを看過した過失がある。
 (イ) また、仮に被告Cが管理責任を負わないとしても、幹事として管理責任を負っていたDは、同支店の次長と販売二課長を兼ねていて、日ごろから被告Aの飲酒運転を知っていたから、被告Aが、本件忘年会においても、飲酒の上、A車を運転して帰宅することは、十分予見可能であったのであり、同人に注意義務違反があったことは明らかであるところ、同人を管理監督すべき地位にある被告Cもその責任を免れない。
 ウ したがって、被告Cは、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。
 (被告Cの主張)
アについて
 被告Cは、被告会社としては自動車の運行を日常的に行うことから、業務上、安全運転に関する教育指導をしたほか、毎朝の朝礼でも口頭で注意をしていたのであり、それ以上に従業員の私的な飲酒運転についてまで具体的に教育指導すべき義務はない。
 また、被告Cは、販売二課の課員たちが営業会議の後に飲酒運転を繰り返していたことは知らなかった。
イについて
 本件忘年会は、被告会社の業務として行われたものではなく、私的な会合であったから、被告Cは、本件忘年会の管理責任を負ってはおらず、幹事を管理監督する責任もない。
 また、被告Cは、被告Aが宿泊すると聞いていたので、本件忘年会で飲酒することは格別気には留めず、A車を運転して帰宅するところは見ていない。
  (3) 損害額
 (原告らの主張)
 ア 亡太郎の損害額
 (ア) 逸失利益
       八一一七万四六八五円
 亡太郎は、将来を嘱望されて、本件会社の代表取締役に就任したのであるから、本件事故後も少なくとも一〇年間その職にあることが期待されるところであり、また、代表取締役とはいっても、株式会社○○の指示によるものであるから、その所得はすべて勤労所得である。
 亡太郎の死亡前一年間の所得は、一五〇六万一四九三円であり、生活費控除率を四割、将来分の中間利息の控除率(ライプニッツ方式)を年二%とすると、亡太郎の逸失利益の現価は、次の算式のとおり八一一七万四六八五円となる。
 一五〇六万一四九三円×(一-〇・四一×八・九八二五八五=八一一七万四六八五円(小数点以下四捨五入)
 (イ) 慰謝料 五〇〇〇万〇〇〇〇円
 本件事故は、亡太郎に何らの落ち度がないにもかかわらず、高速道路を逆走してきたA車が甲野車と衝突したというものであり、亡太郎の恐怖は高い一方、飲酒酩酊・高速道路逆走という被告Aの落ち度は大きいから、亡太郎の被った精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇〇〇万円を下るものではない。
 (ウ) 物損    九〇万四七二五円
 亡太郎は、本件事故によって、運転していた甲野車、眼鏡及び衣服を全損する被害を被った。
 (1) 甲野車関係費用七五万〇〇〇〇円
 甲野車の本件事故当時の評価額は、五〇万円を下らない。
 また、甲野車を解体工場まで運搬した上、解体廃棄し、登録を抹消するために要する費用は、総額で二五万円を下らない。
 (2) 眼鏡代   一一万三九二五円
 (3) 衣服代    四万〇八〇〇円
 (エ) 小計
 前記(ア)ないし(ウ)を合計すると、一億三二〇七万九四一〇円となるが、原告らは、これを法定相続分各二分の一の割合で六六〇三万九七〇五円ずつ相続した。
 イ 原告花子の損害額
 (ア) 治療費等  一三万四八七二円
 (1) 亡太郎の治療費五万〇三二〇円
 (2) 病院への交通費三万〇八七〇円
 (3) 遺体搬送費等 五万三六八二円
 (イ) 調査費用等  一万七一二四円
 (1) 高速道路通行料一万〇六〇〇円
 (2) ガソリン代    六五二四円
 (ウ) 交通事故証明書交付手数料三〇〇〇円
 (エ) 葬儀費用の一部一五〇万〇〇〇〇円
 (オ) 小計   一六五万四九九六円
 (カ) 弁護士費用六七六万九四七〇円
 ウ 原告一の損害額
 弁護士費用  六六〇万三九七〇円
 (被告Aの認否)
アについて
 (ア)について
 亡太郎が、本件事故後も一〇年間、本件会社の代表取締役に在職する蓋然性は認め難く、せいぜい二期四年間程度とみるのが相当であり、その間の得べかりし収入は、月額一一〇万円を基礎とすべきである。そして、その後六年間の得べかりし収入は、大卒男子労働者六五歳以上の賃金センサスに基づくべきである。また、中間利息の控除率は、年五%とするのが相当である。したがって、亡太郎の逸失利益は、四五八六万七〇六四円となる。
 (イ)について
 亡太郎は、本件事故当時、一家の支柱であったから、二六〇〇万円が相当である。
 (ウ)について
 (1)について
 甲野車の評価額及び登録抹消料などを合計しても、五〇万円が相当である。解体廃棄料は、いずれ出費されるものであり、損害として認められる性質のものではない。
 (2)及び(3)について
 いずれも再調達の必要性がないから、損害とは認められない。
イについて
 (ア)について
 (3)について
 葬儀費用に含めて算定すべきである。
 (イ)について
 本件事故との間に相当因果関係が認められない。
 (ウ)について
 本件事故との間に相当因果関係のある損害として認められるのは、一通分(六〇〇円)に限られるべきである。
 (被告会社及び被告Cの認否)
 いずれも争う。
第3 争点に対する判断
 1 争点(1)(被告会社の責任の有無)について
  (1) 土浦支店における注意義務違反の有無について
 ア 証拠(甲31、47ないし49、64、71・91ないし96、丙7、8の1ないし5、9の2、12、証人E、証人D、被告C本人)によれば、次の事実が認められる。
 (ア) 被告Aは、大学を卒業した後、平成八年四月、被告会社に入社し、当時の土浦営業所に配属となり、本件事故当時は、土浦支店(平成一一年、土浦営業所は土浦支店に格上げされた。)の販売二課の副主任として勤務していた。
 (イ) 土浦支店は、本件事故当時、販売一課、販売二課、部品課、サービス課などに分かれており、従業員は、被告Cも含めて総勢四〇名であった。
 本件事故当時、販売一課は、次長兼課長のF、課長待遇のG、副主任のH及びI、並びにJ及びKの六名で構成され、また、販売二課は、次長待遇の課長のD、係長のL、副主任のE及び被告A、並びにMの五名で構成されていた。販売一課及び販売二課は、土浦支店の事務所二階の同じ部屋に机が配置されており、両課と同じ部屋に被告Cの机も配置されていた。なお、両課の机と被告Cの机との距離は近く、それらの間には仕切り等は設置されていなかった(丙8の1ないし5、9の2参照)。
 (ウ) 販売二課では、課員各自が自動車を運転して取引先を回る必要があったことや、近辺の公共交通機関が発達していないこともあって、各自が自家用車を運転して土浦支店に通勤しており、被告Aも、本件事故当時、A車とは別の自家用普通自動車を利用して通勤していた。
 (エ) 土浦支店では、被告Cが、毎朝、朝礼で全従業員に対し、業務事項の伝達とともに、交通安全の注意の呼び掛けなどを行うほか、毎月、茨城自動車販売交通安全対策推進協議会からのチラシを交付したり、社団法人茨城県安全運転管理者協議会から送付される「運転管理いばらき」と称する小冊子を備え置くなどしていた。また、被告Cは、ゴールデンウィークやお盆休み、年末年始などの比較的長い休みの前であるとか、春及び秋の交通安全運動週間の際には、飲酒運転をしないよう注意をしたりしていた。
 (オ) 販売課では、一年に七回くらい、その月の一日に営業会議が約一時間ほど行われるが、これが終わると、課長のDを含む販売二課の課員を中心に、時にはGも加わって、主として土浦支店の近く(自動車で約五分の距離)にある居酒屋「鳥大」に自動車を運転して行き、午後六時ころから午後八時ないし八時半ころまでの間、飲酒をしては、そのまま各自の自動車を運転して帰宅するということを繰り返していた。なお、Dの通勤時間は、高速道路を利用した場合は一時間程度、利用しない場合は一時間一五分程度であった。
 被告Aは、被告会社に入社するまでは、飲酒運転をしたことはなかったが、同僚が飲酒運転をしているのを見て、同じように飲酒運転をするようになった。飲酒量は、概ね、ビールが中ジョッキで三杯くらいと焼酎のお湯割りであった。
 また、被告Aは、親しかったEと、一週間に一回ないし二回は、勤務終了後、土浦支店の近くのラーメン屋に自動車で立ち寄り、各自がビールを瓶半分から一本くらい飲み、ラーメンを食べ、そのまま自動車を運転して帰宅することが常態となっていた。
 (カ) 被告Aは、前記(オ)のとおり、飲酒運転を日常的に行っていたことから、本件忘年会で大量に飲酒した後も、同様に自動車を運転して帰宅しても大丈夫であろうと安易に考え、酔いを十分にさまさないままA車を運転した。
 イ そこで検討するに、前記アの認定事実からすると、被告Aが、被告会社に入社後、課長のDを始め、同じ課員たちが、誰も他の者の飲酒運転を特段注意することなく、各自が飲酒運転を繰り返しているのを目の当たりにして、それ自体格別悪いことでもないと考えて、飲酒運転に対する意識を鈍磨させながら、他の課員たちと同様に飲酒運転を日常化させていったものということができ、これが本件事故の発生の誘因になっていたことは否定することができない。そして、被告会社が従業員に対して採った交通安全対策ないし教育は、少なくとも販売二課に関する限りは、形式的・表面的なものにすぎず、全く功を奏していなかったものといわざるを得ない。
 このような被告会社に見られる飲酒運転に対する安易な姿勢は、少なくとも社会的、道義的に強い非難に値するといわなければならない。
 しかしながら、本件事故について被告会社に民法七〇九条の責任が認められるためには、被告会社が被告Aの飲酒運転を認識し、これを容認・助長したことが少なくとも必要であるところ、確かに、飲酒運転を互いに容認し合っていたのは被告Aの属する販売二課の課員たちであり、課長のD自身が率先して飲酒運転を行っていたとはいえ、このことから直ちに被告会社が被告Aの飲酒運転を認識していたということはできない。
 すなわち、被告Aを含む販売二課の課員たちの飲酒運転は、いずれも勤務時間が、了した後のことであるし、営業会議が終了した後、再び営業に出掛ける者もいたというのであり(証人E)、特段飲み会への参加が強制されていたと認めるに足りる証拠はない。また、本件事故発生前に、販売二課の課員に限らず、土浦支店全体又は被告会社全体で、飲酒運転して検挙された、又は飲酒が原因で交通事故を起こしたということも証拠上認められないから、被告会社がそれらをきっかけとして、販売二課の課員たちの飲酒運転の実態を知り得たとすることもできない。
 また、課長のDは販売二課の課員たちの飲酒運転を認識していたものであるが、被告会社が日常においてこれらの飲酒運転を認識していたというためには、少なくとも土浦支店の代表者たる被告Cが認識していることを要するというべきである。
 そこで、被告Cの認識について検討する。前記ア(イ)認定の被告Cの机の配置からすれば、被告Cは、販売二課の課員たちが、営業会議が終了した後、土浦支店近くの居酒屋等に出掛けて飲酒することを認識していたものと推認することが十分にできる。しかしながら、被告Cがそのような飲酒の場に参加していたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告Cとしては、課員たちがタクシーや運転代行を利用しているものと考えていたのであって(被告C本人)、具体的に課員たちが飲酒した上で自動車を運転していたことまでの認識があったことを認めるに足りる的確な証拠もない。なお、被告Cは、土浦支店の周辺の運転代行業者が少ないことは認識していたが、そうであるからといって、直ちに、運転代行を利用することが非現実的であり、運転代行を利用していると考えていた旨の被告C本人の供述に信用性が欠けるとすることはできない。
 そうすると、被告会社としては、土浦支店長であった被告C又はその他の者を通じて、土浦支店の販売二課の課員たちが飲酒運転を日常的に行っていることを認識していたとまで認めるのは困難であるといわざるを得ず、結局、被告会社が被告Aの飲酒運転を認識していたものとは評価することができない。
 したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
  (2) 本件忘年会における注意義務違反の有無について
 ア 証拠(甲47ないし50、57、60ないし62、64、71、87、92ないし96、丙13、証人E、証人D、被告C本人)によれば、次の事実が認められる。
 (ア) 土浦支店では、支店全体の忘年会は開催されてはおらず、毎年、販売課が中心となって、取引先の者も招いた忘年会を開催しており、例年は、一泊付きで翌日は希望者がゴルフを行うことになっていた。
 (イ) 忘年会の幹事は、課長も含め販売課員の持ち回りで担当が割り当てられており、本件忘年会の幹事は、D及びLであった。Dから本件忘年会の会場について相談を受けた被告Cは、知人から、「黒勢」を紹介され、相談を受けたこともあって、自ら、平成一二年一〇月下旬ころ、「黒勢」に電話をかけて同年一二月二日の予約をした。そして、その後、Dが「黒勢」に電話をかけて、宴会の開始時刻が午後六時三〇分であること及び参加人数が一九名(うち宿泊する者が一四名)であることを伝えた。
 「黒勢」は、最寄りの駅である茨城交通湊線の阿字ヶ浦駅から徒歩約二分の位置にあったが、交通の便からすると、常磐道に接続する北関東自動車道のひたち海浜公園インターチエンジが近いこともあって(「黒勢」から同インターチェンジまでの距離は、約三・三㎞である。)、自動車を利用する方が時間が掛からないこと、また、宿泊を予定していることなどから、参加者が自動車を運転して行くことは特に問題視されなかった。
 (ウ) Lが平成一二年一一月に作成した本件忘年会の案内の書面には、「土浦支店営業部忘年会ご案内」とうたわれていた。そして、参加費用は、宿泊費込みで、宿泊を予定している者も予定していない者も、被告会社内の地位にかかわりなく一律一万円とされており、被告会社から費用の補助はなかった。また、本件忘年会の翌日の予定は、朝食後解散とされていて、ゴルフなど特別の予定はなかった。
 (エ) 「黒勢」では、通常、二階を宴会場、三階を宿泊所としていたが、本件忘年会の当日は他の宿泊客がいたことから、「黒勢」を経営する黒澤政浩は、二階を二つに仕切って、宴会場と七名分の宿泊所とに分け、残りの七名は三階の三〇六号室及び三〇七号室に宿泊してもらうこととした。その結果、本件忘年会の参加者は、二階と三階とに別れて宿泊することになっていた。
 (オ) 被告Aは、平成一二年一一月中旬ころ、配布された前記(ウ)の書面によって、本件忘年会が、例年と同様、一泊付きであることを知った上で、参加の申込みをしたが、同月下旬ころ、当時交際していた女性が本件忘年会が開催される日の翌日である同年一二月三日の午前八時ころに自分の部屋に掃除に来ることになったことから、宴会には出席し、普段の飲み会と同程度には飲酒するが、様子を見て当日中に帰宅しようと考えていた。
 (カ) 被告Aは、平成一二年一二月二日、有給休暇を取得して、家族と共に、実父の遠縁に当たる者の葬儀に参列し、午後四時ころ、いったん帰宅した。その後、被告Aは、同日午後五時ころ、A車を運転して自宅を出発し、常磐道の桜土浦インターチェンジで待ち合わせていたE及びMと落ち合った。被告Aら三名は、各自の自動車で常磐道下り線などを走行して、午後六時四五分ころ、「黒勢」に到着した。被告Aは、「黒勢」の建物の裏側の駐車場にA車を駐車させた。
 (キ) Dは、販売課員に対しては、宿泊の有無を三回確認したが、いずれの時も一一名全員が宿泊することで変わりはなかった。そして、本件忘年会には、結局、販売課員全員のほか、被告C、取引先の者四名など合計一八名が参加することになった。
 午後七時少し前ころ、被告Cの挨拶で宴会が始まった。被告Cの挨拶においては、宿泊を前提としていることもあって、特に飲酒運転に関する注意はなかった。周囲の者は、被告Aが宿泊せずに帰宅するつもりであることなど知らなかったので、被告Aに対し、酒を勧め、被告Aとしても、宿泊せずに帰宅する予定でいたため、最初のうちは飲酒のペースを自重していたものの、他の者から注がれた酒を断らずに飲み、酔った勢いなどもあり、結局、ビールを大瓶で四本くらい、焼酎の水割り又はお湯割りをコップで一〇杯近く飲んだほか、日本酒も飲んだ。
 その結果、被告Aは、宴会が終わるころには、Eの背中に寄りかかって足を投げ出したり、トイレに行くのに立ち上がった際、足がもつれたり、後輩に当たるKと口論になって同人に掴み掛かろうとまでしたり、当初から帰宅する予定で参加した取引先の者らを見送るために一階に降りようとしたところ、E及びMに両脇を抱えられなければ階段を降りられなかったりするなど、相当程度泥酔していた。
 EやMらは、帰宅する者を見送った後も、しばらく外で立ち話を続けていた。
 (ク) 被告Aは、幹事であるDや被告Cら上司に対しては、帰宅する旨を告げず、駐車場に駐車しておいたA車の所まで歩いて行き、A車に乗り込み、運転席の背もたれを倒すと、車内で約二〇分間ないし三〇分間寝込んだ。その後、午後一〇時過ぎころ、目が覚めた被告Aは、A車を発車させ、「黒勢」の駐車場を後にしようとした。
 ところが、A車は、「黒勢」の駐車場から出るためには本来右折すべきところを、左折したために、行き止まりの方向に進行しかけた。Mは、その時、まだ外でEと立ち話をしていたために、A車が誤った方向に進行しようとしていることに気付いた。そこで、Mは、A車を誘導して、切り返しをさせた上、Eと共に、被告AがA車を運転して帰るのを見送った。しかし、Mは、被告Aの様子について、普段よりは飲酒量が相当多かったものの、被告Aが日ごろから飲酒運転をしていたことから、車を運転しても大丈夫ではないかと思い、特段A車を運転するのを止めることはしなかった。
 (ケ) 駐屯場から二階の宿泊所に戻ったEは、最も親しくしていた被告Aが帰宅してしまったため、宿泊してもつまらなく思い、約一時間後、自動車を運転して帰宅し、また、H及びMも、同様に自動車を運転して帰宅した。
 他方、被告CもDも、午後九時三〇分ころ、本件忘年会が終了した後は、宿泊する予定になっていた三階の部屋に移ったため、被告AがA車を運転して帰宅したことは知らなかった。
 被告Cは、午後一一時三〇分ころ、被告Aが帰宅したのを聞き及び、被告Aの携帯電話に連絡を取ってみようとしたものの、通話することができなかった。
 これに対し、Dは、被告Aが普段から酒を飲んでは自動車を運転して帰宅するのを目の当たりにしており、それでも特に事故などを起こしたことはなかったため、それ以上気に留めることはなかった。
 (コ) 本件忘年会の支払は、「▲▲」の名義でなされ、会費の不足分約三万円は、販売課で保管している前年度の忘年会の余剰金をもって充てられた。
 イ ところで、前記ア(ア)ないし(ウ)、(キ)及び(コ)において認定した事実からすると、本件忘年会は、社会通念上、被告会社が開催したものと評価すべきである。もっとも、本件忘年会は、実際には、販売課が中心となって開催されており、幹事は販売課の課員による持ち回りであったこと、被告Cは、いわば主賓として本件忘年会に参加したことからすれば、本件忘年会において被告会社を実質的に代表する立場にある者は、被告Cではなく、本件忘年会の幹事であり、宿泊者を把握していたDと解するのが相当である。
 以上を前提として前記アにおいて認定した事実を検討すると、Dは、販売課の課員が全員宿泊することを三回も確認した上、部屋割りまで決めてあったのであり、これまでの忘年会でも、飲酒してその日のうちに自動車で帰宅したような者はいなかったのであるから(証人D)、本件忘年会においても、飲酒してそのまま自動車を運転して帰宅する者が出ることを予見することは困難であったといわざるを得ない。
 この点、原告らは、本件忘年会について、例年の忘年会とは異なり、翌日にゴルフの予定が入っていなかったことをもって、宿泊の必要性はなく、自動車を運転して帰る者が出てくる状況にあったと主張する。
 しかしながら、Dとしては、本件忘年会に参加した者が飲酒運転をして帰宅することがないように、宴会の後は宿泊することを前提にして、あえて土浦支店からは遠方の地を本件忘年会の会場に選んだものである。実際、「黒勢」から被告Aの自宅までは約七〇㎞もの距離があり、時間にして約一時間も運転することになるから(甲57、87)、このような長距離を飲酒運転することは通常は考えられない。なお、Dが、通勤に一時間ないし一時間一五分程度掛けていること、被告会社からの帰路において時々飲酒運転をしていたことは前記認定のとおりであるけれども、被告Aが、普段はせいぜい二〇分間程度しか飲酒運転はしないこと、普段よりも大量に飲酒した後、これだけの長距離を運転するのは初めてであったこと(甲71)、本件事故当日は、被告AはDに対して宿泊せずに帰宅することを告げていないことを考慮すると、Dが、本件忘年会に際して、被告Aが飲酒運転をして帰宅することを予見し得たとまでいうことはできない。
 また、E及びMが、泥酔状態にあった被告AがA車を運転して帰宅するのを止めなかったことは、前記ア(ク)において認定したとおりであるが、このことが前記両名に民法上の損害賠償責任を負わせる注意義務違反を構成するか否かはさておくとしても、仮に注意義務違反を構成するからといって、これをもって直ちに被告会社の注意義務違反があったものと評価し得るものではない。また、被告会社の使用者責任という法的構成も考えられないではないが、本件忘年会が被告会社の開催によるものと評価されるとはいっても、本件忘年会の会場から自家用自動車を運転して帰宅することは、その行為の外形からしても被告会社の業務の執行に当たるものでないことは明らかであるから、前記法的構成も採用するに及ばない。そのほか、被告会社の監督義務違反という法的構成も考えられないではないが、前記のとおり、被告会社は、Dを通じて、飲酒運転を敢行する者の存在を予見し得なかったのであるから、このような事態を想定して、自動車を運転してきた従業員らが勝手に帰宅しないように、エンジンキーを預かるとか、宿泊所で点呼を取るなどといったことをすべき法的義務までは負っていなかったものというべきである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
 2 争点(2)(被告Cの責任の有無)について
  (1) 土浦支店における注意義務違反の有無について
 前記1(1)イにおいて指摘したとおり、結果として、被告Cの従業員に対する飲酒運転禁止の働き掛けに不十分な点があったことは否めない。しかしながら、被告C自身が、販売二課の課員が飲酒運転を日常的に行っていることを認識していたとまで認めることができないのは、前記1(1)イのとおりである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
  (2) 本件忘年会における注意義務違反の有無について
 前記1(1)イのとおり、被告Cは、いわば主賓として本件忘年会に参加したものであり、本件忘年会の主催者としての立場にあるとまではいえないから、被告Cが被告会社の土浦支店長であったことから直ちに飲酒運転をして帰宅する者が出ないように注意すべき義務を負うものとは解されない。もっとも、被告Cは、被告会社の従業員が飲酒する場に居合わせたのであるから、従業員が酒に酔った状態で自動車を運転することを現認したり、そのことを予見し得るような場合には、運転を回避させるよう適切な措置を採るべき条理上の義務があったということはできる。
 ただ、本件では、前記1(2)アにおいて認定したとおり、本件忘年会が宿泊を前提にしたものであったことから、被告Cとしては、予め当日に帰ることが明らかになっていた者を除くその余の従業員が全員「黒勢」に宿泊するものと考えるのは、当然のことである。また、被告Aは、被告Cに対しては勿論のこと、幹事に対してさえ、帰宅することを告げずに駐車場まで行って被告車に乗車したものである。そうすると、販売二課の課員たちが日ごろから飲酒運転していることを知らなかった被告Cが、宴会が終了した後、宿泊所に指定されていた三階に上がって、被告Aを始め、宿泊を予定していたEやH、Mまでもが自動車で帰宅してしまったことに気付かなかったこと自体を責められるいわれはないし、ましてや、本件のような事態を想定して、自動車を運転してきた従業員らが勝手に帰宅しないような措置を採るべき法的義務までは負っていなかったものというべきである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
 3 争点(3)(損害額)について
  (1) 亡太郎の損害額
 ア 逸失利益四五六六万四九八二円
 (ア) 基礎収入について
 証拠(甲5、16、17、18の13ないし17、59、原告一本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡太郎は、昭和三六年三月、※※大学を卒業して、同年四月から昭和六二年九月までの間、株式会社□□に勤務した後、□□株式会社、◎◎株式会社(以下「◎◎」という。)等の勤務を経て、平成一二年六月末ころ、本件会社の代表取締役に就任したこと、もっとも、いわゆる雇われ社長であって、その収入は、役員報酬ではなく、全額が労働の対価である給与であったこと、本件事故直前三か月間をみると、その月収は一一〇万円であったこと、本件会社は、平成一〇年二月に設立されたこと、本件会社の歴代の代表取締役の在任期間は、亡太郎の前任者であるN及びOがいずれも一年であり、その前任者であるPも一年四か月と比較的短期間であること、以上の事実が認められる。
 原告らは、亡太郎が、◎◎において、平成二年一二月二〇日から平成一一年六月三〇日までの間、取締役経理部長又は常務取締役管理本部長の職にあったこと、また、◎◎から再度取締役に就任するよう誘いを受けていたことをもって、本件事故後も一〇年間は本件会社の代表取締役の地位を維持し得たものである旨主張する。
 確かに、証拠(甲5)によれば、亡太郎が、◎◎において、平成二年一二月二〇日から平成五年三月三一日までの間、取締役経理部長の職に、同年四月一日から平成一一年六月三〇日までの間、常務取締役管理本部長兼経理部長の職にあったことが認められるが、そうであるからといって、亡太郎が、本件会社においても、代表取締役の職に一〇年間もとどまると推認することはできないのであって、ほかに原告らの主張を認めるに足りる証拠はなく、原告らの主張は理由がない。
 そうすると、亡太郎が本件会社の代表取締役に就任してから短期間で業績を向上させたことがあったとしても(原告一本人)、六六歳までの四年間(亡太郎は、本件事故の二日後に六二歳の誕生日を迎えている。)の在任にとどまるものとみるのが相当であり、その間の収入は、本件会社の代表取締役としての月収である一一〇万円(甲18の11ないし17)を基礎とすべきである。
 また、平成一二年簡易生命表によれば、六二歳の男性の平均余命が一九・七四年であることからすれば、亡太郎は、本件事故から一〇年間は就労が可能であったというべきであるから、本件会社の代表取締役を退任した後の就労可能年齢である七二歳までの六年間については、平成一二年賃金センサスの産業計・企業規模計による六五歳以上の大卒男子労働者の平均賃金である年収七〇一万七二〇〇円を基礎収入とするのが相当である。
 なお、原告らは、本件事故直前三年間の収入の平均値を算定の基礎とすべきであるとも主張するところ、証拠(甲83、84)によれば、亡太郎は、平成一〇年が一五七八万円、平成一一年が一五九〇万二四〇〇円と、高収入を得ていたことが認められる。しかし、証拠(甲18の1ないし17)によれば、亡太郎は、平成一二年六月末ころに本件会社の代表取締役に就任する前は、別の会社(株式会社**等)に勤務し、月収一一〇万円よりも高額な収入を得ていたものと認められるから、本件会社における将来の得べかりし収入額を算定するについて、過去の三年間の収入の平均値を基礎とするのは相当ではなく。
 (イ) 中間利息の控除率について
 本件における亡太郎の逸失利益を算定するに当たっての中間利息の控除率は、年五%とするのが相当である(東京地裁平成一二年四月二〇日判決・交民集三三巻二号七一七頁、東京高裁平成一二年九月一三日判決・金融・商事判例一一〇一号五四頁、東京高裁平成一二年一一月八日判決・交民集三三巻六号一七六七頁参照)。
 したがって、亡太郎の逸失利益は、生活費控除率を四〇%ととして、六六歳までは、次の算式(1)のとおり二八〇八万三五二八円となり、その後の七二歳までは、次の算式(2)のとおり一七五八万一四五四円となり、その合計額は、四五六六万四九八二円となる。
 (1) 一一〇万〇〇〇〇円×一二×(一-〇・四)×三・五四五九(四年のライプニッツ係数)=二八〇八万三五二八円
 (2) 七〇一万七二〇〇円×(一-〇・四一×一七・七二一七〔一〇年のライプニッツ係数〕-三・五四五九)=一七五八万一四五四円(小数点以下切捨て)
 イ 慰謝料 三六〇〇万〇〇〇〇円
 本件に顕れた一切の事情、とりわけ、(1)本件事故は、被告Aが相当程度酩酊した状態で高速道路を走行するという、ただでさえ危険この上ない行為であることに加えて、意識が朦朧としていく中でついには高速道路を走行しているとの自覚すら失い、一般道と錯覚した上、目的地を通過してしまったという酩酊者特有の矛盾した誤信の結果(甲62、63)、高速道路上で転回して逆走するという、常軌を逸した運転行為が招いたものであって、被告Aの運転行為における過失は、一方的であることは勿論、極めて重大かつ悪質であること、(2)そもそも、被告Aの飲酒行為については、 被告Aは、宿泊することなく高速道路を一時間以上も運転して帰宅する予定でありながら、自ら進んで相当量の飲酒をしたものであり、このような運転行為を予定した飲酒自体が、重大な結果を招来する危険性の強い行為であって、飲酒行為自体の悪質性も決して見過ごすことはできないこと、(3)実際、これらの行為の結果として、亡太郎ほか一名の尊い生命が奪われたものであり、行為の悪質性に加えて、その結果もまた極めて悲惨かつ重大なものであること、(4)また、土曜日の夜、仕事を終えて、東京の自宅に向かって常磐道を走行していた亡太郎にしてみれば、突然、前方から迫ってくる、凶器とさえ称しても決して過言ではないA車を予測しようはずもなく、実際、A車を認識した時の恐怖心、驚き等の大きさは、まさに想像するに余りあるものであったであろうこと、(5)さらに、A車が逆走するに至った原因が、被告Aが泊まることなく帰宅する予定でありながら本件忘年会で大量に飲酒したことにあり、これを更に遡れば、被告Aが他の販売二課の課員たちと共に日ごろから飲酒運転を重ねており、被告Aの規範意識が極めて鈍磨してしまっていたことに遠因があり、本件事故はいわばいつ発生しても不思議ではないものであったこと、そして、亡太郎がこれを知ったとすれば、飲酒運転による悲惨な交通死亡事故がマスコミで繰り返し報道されているにもかかわらず、一向に同種事件が跡を絶たないこともあって、亡太郎の憤懣やるかたなさは一層激しいものであったであろうこと、(6)そして、原告花子は、自分を気遣って、毎日朝と夜には必ず電話をかけてきてくれた亡太郎の突然の死によって深い精神的打撃を受け、平成一二年一二月二〇日過ぎころ、一八階の自宅のべランダから投身自殺を図ろうとまでしたり、現在でも他人と会うのを避けるようにするなど、虚ろな日々を送っていること(甲16、59、68、74、99、102、原告一本人)、一方亡太郎にしてみても、本件事故によって、結婚当時から病弱であり、専ら自分を頼りにこれまでの人生を歩んできた原告花子を遺して死出の旅路に赴かなくてはならなかったのは、誠に無念であったであろうこと、(7)他方、被告Aは、本件事故後、自らも右肩を骨折する等の負傷をしたため、手術を受けるなど入院加療を受けていたものの(甲63)、両親等を通じる等の方法を講じてでも遺族に対し真摯な謝罪の意思を示すべきであったにもかかわらず、このような方法を講じることもなく、さらに、平成一二年一二月末ころ、退院した後も、直ちに遺族らのもとに謝罪に赴くことなく、原告一から連絡を受けて、自宅を訪問されてようやく謝罪するなど(甲16、17、59、68、97)、原告らに対する謝罪の意思の表明の在り方等において配慮に欠けた面があったことなどの事情を斟酌するならば、本件事故によって被った亡太郎の精神的苦痛を慰謝するには、三六〇〇万円が相当であると認める。
 ウ 物損
 (ア) 甲野車関係費用五〇万〇〇〇〇円
 証拠(甲11、40、43、44)及び弁論の全趣旨によれば、甲野車は、本件事故によっていわゆる全損の状態になったことが認められるところ、甲野車は、平成三年式のものであること(甲24、46)を考慮すれば、本件事故当時の車両価格は二五万円とみるのが相当である。
 また、甲野車を解体業者に引き取らせて、解体・廃棄するのに要する費用及び登録を抹消するのに要する費用は、いずれも本件事故との間に相当因果関係のある損害といえるところ、弁論の全趣旨によれば、これらの費用は合計で二五万円とみるのが相当である。
 (イ) 眼鏡代    三万〇〇〇〇円
 証拠(甲5、25)及び弁論の全趣旨によれば、亡太郎が、平成一〇年六月二七日、眼鏡代として一一万三九二五円を支払ったこと、本件事故当時、前記眼鏡を使用していたが、本件事故によっていわゆる全損の状態になったことが認められるから、本件事故当時の価格としては、三万円とみるのが相当である。
 (ウ) 衣服代    一万〇〇〇〇円
 証拠(甲34)及び弁論の全趣旨によれば、亡太郎は、本件事故当時、上着としてチェック柄の茶色のジャケットに薄いグレーのシャツ、下着のシャツを着ていたこと、前記ジャケットは、亡太郎が搬送された病院において脱がせるために左胸の部分を切断されるなどした結果、いずれも、本件事故によっていわゆる全損の状態になったことが認められる。そして、原告花子作成のメモ(甲26)には前記衣服の価格の合計が四万〇八〇〇円であるとの記載があるが、これは購入価格を示すものと考えられる。この価格を裏付けるに足りる客観的証拠はないが、本件事故当時の価格としては、合計で一万円とみるのが相当である。
 エ 小計
 前記アないしウを合計すると、八二二〇万四九八二円となり、前記第2の1(4)によれば、原告らは、各二分の一の割合で被告Aに対する損害賠償請求権を取得したから、原告ら各自の損害額は四一一〇万二四九一円となる。
  (2) 原告花子の損害額
 ア 治療費等  一三万四八七二円
 (ア) 亡太郎の治療費五万〇三二〇円
 (イ) 病院への交通費三万〇八七〇円
 いずれも当事者間に争いがない。
 (ウ) 遺体搬送費等 五万三六八二円
 証拠(甲21の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子が、平成一二年一二月三日、遺体搬送費として五万一二八二円を、寝巻き代として二四〇〇円を、それぞれ支払ったことが認められる。そして、本件事故が亡太郎の自宅から遠く離れた場所で発生し、現場近くの病院で死亡が確認されていることを考慮するならば、葬儀費用とは別に、これらの全額が本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
 イ 調査費用等  一万七一二四円
 証拠(甲11、17、63)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、当初、本件事故がどのようにして起きたのかが明らかではなく、当事者である被告Aは、本件事故によって受傷して入院していた上、本件事故の状況を記憶していなかっため、被告Aから事情を聴取することもままならず、自ら現場に赴いて本件事故現場の状況を撮影したり、関係者に事情を尋ねてみたりするほかなかったことが認められるから、本件事故の調査等に要した費用も、本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。そこで、以下、個別に検討する。
 (ア) 高速道路通行料一万〇六〇〇円
 証拠(甲11、22の1ないし8)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件事故の内容を調べようと考え、平成一二年一二月二二日、本件事故現場及び甲野車が留置されている茨城県警高速道路交通警察隊谷和原分駐隊を訪ねるため、自宅から東京外環自動車道を利用して常磐道の谷和原インターチエンジとの間を往復し、高速道路料金合計二五〇〇円を、また、同月二八日、残務整理の目的で本件会社の北関東工場を訪ねるため、同様の経路で常磐道の高萩インターチエンジとの間を往復し、高速道路料金合計八一〇〇円を、それぞれ支払ったことが認められる。
 (イ) ガソリン代    六五二四円
 証拠(甲23の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、前記(ア)の高速道路を利用した結果、ガソリン代として、平成一二年一二月二二日に一六一四円を、同月二八日に四九一〇円を、それぞれ支払ったことが認められる。
 ウ 交通事故証明書交付手数料三〇〇〇円
 証拠(甲1、27)及び弁論の全趣旨によれば、原告一は、原告花子に代わって、自動車安全運転センター茨城県事務所に対し、平成一二年一二月二七日、交通事故証明書を取得するために三〇〇〇円を払い込んだことが認められるところ、この費用は全額が本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
 エ 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円
 当事者間に争いがない。
 オ 小計   一六五万四九九六円
 前記アないしエを合計すると、原告花子の損害は、一六五万四九九六円となる。
  (3) 損害填補後の残額
 前記(1)及び(2)によれば、原告花子の損害は四二七五万七四八七円、原告一の損害は四一一〇万二四九一円となるところ、原告らは、前記第2の1(5)のとおり、三〇〇万円の損害の填補を受けているから、これを各二分の一の割合で前記損害額からそれぞれ控除すると、原告花子の損害は四一二五万七四八七円、原告一の損害は三九六〇万二四九一円となる(なお、弁済の充当方法については、当事者間に争いがない。)。
  (4) 弁護士費用
 本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告花子については四一二万円が、原告一については三九六万円が相当である。
第4 結論
 以上の次第で、原告花子の請求は、被告Aに対して四五三七万七四八七円及びこれに対する本件事故の日である平成一二年一二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、原告一の請求は、被告Aに対して四三五六万二四九一円及びこれに対する本件事故の日である同日から支払済みまで同法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、これらを認容し、被告Aに対するその余の請求並びに被告会社及び被告Cに対する各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官・河邊義典、裁判官・森  剛、裁判官・石田憲一)

当事務所では、弁護士が毎日のように交通事故問題の相談に向き合っております。交通事故の損害賠償等でお悩みの方はお気軽にご相談ください。

無料法律相談のご予約は24時間受付

ご予約専用フリーダイヤル:0120-778-123

フリーダイヤルが繋がらない場合は03-3436-5514まで