水戸地方裁判所下妻支部判決 平成20年2月29日

       主   文

 1 被告は,原告X1及び原告X2に対し,それぞれ各2663万1780円及びこれに対する平成13年1月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
 4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求
 1 被告は,原告X1及び原告X2に対し,それぞれ各3871万1828円及びこれに対する平成13年1月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,死亡交通事故に基づく,遺族からの損害賠償請求である。
 1 前提事実(末尾に証拠等の摘示がないものは争いのない事実)
  (1) 交通事故の発生(以下,この交通事故を「本件事故」という。)
   ア 日時  平成13年1月20日午後4時35分ころ
   イ 場所  栃木県小山市大字向野341番地1先の交差点(以下「本件交差点」という。)
   ウ 当事者 加害者 被告
         加害車両 被告運転の普通乗用自動車被害者 A(以下「亡A」という。)
   エ 態様  本件交差点を自転車を押して横断していた亡Aに,被告運転の加害車両が衝突したもの。
  (2) 被告の責任
    本件事故は,進路前方の安全確認不十分のまま加害車両を本件交差点に進行させた被告の過失により惹起されたものであるから,被告は,民法709条に基づき,本件事故による損害を賠償する責任がある。
  (3) 亡Aは,本件事故により右臼蓋骨折,左恥座骨骨折,右鎖骨遠位端骨折,右肋骨骨折及び後腹膜血腫等の多発的外傷を負い,本件事故当日,医療法人博愛会杉村病院で治療を受けた後,同日,自治医科大学附属病院に転送され,同病院に入院したが,その後,骨髄炎,敗血症,播種性血管内凝固症候群(DIC),腎不全等を併発し,平成14年12月11日,自治医科大学附属病院において,くも膜下出血により死亡した(入院日数691日)。
  (4) 相続等
    亡B(以下「亡B」という。)は,亡Aの夫であり,原告X1及び原告X2は,いずれも亡Bと亡Aの間の子であり,亡Bは2分の1の割合で,原告X1及び原告X2は各4分の1の割合で,それぞれ亡Aの権利を相続した(甲3の9,23,弁論の全趣旨)。
    亡Bは,平成17年10月22日死亡し,原告X1及び原告X2は,それぞれ2分の1の割合で亡Bの権利を相続した。
  (5) 損害の補填
    原告らは,本件事故による亡Aの損害のうち857万2158円については,被告が加入する保険会社からその支払を受けている。
 2 争点及びこれに関する当事者の主張
  (1) 本件事故と亡Aとの死亡とに因果関係があるか(争点1)
   (原告らの主張)
    亡Aは,本件事故により重度の外傷を受け寝たきり状態となり,感染症から骨髄炎,敗血症,身体抵抗力の低下,身体衰弱が進み,腎不全を発症し,長期臥床のところ,くも膜下出血が生じ死に至ったものであるから,亡Aは本件事故による外傷に起因した一連の症状・経過を経て死に至ったものであり,本件事故と亡Aの死亡との間に因果関係があるのは明らかである。
   (被告の主張)
    本件事故と亡Aの死亡との間に因果関係があるとはいえない。本件事故による亡Aの受傷内容は,右臼蓋骨折,左恥骨骨折,右鎖骨遠位端骨折,右肋骨骨折,後腹膜血腫等であり,頭部の外傷はない。そして,一般に,通常の健康人の場合,上記各傷病名によって死に至ることはない。ところが,亡Aは,本件事故日から2年近くを経過した平成14年12月11日に,くも膜下出血等の合併により死亡しており,甲2の死亡診断書では,亡Aの死因は「くも膜下出血」による病死であり,「くも膜下出血」の原因は「不詳」とされている。くも膜下出血は,動脈硬化や高血圧による脳動脈瘤が破裂するものであり,それ自体は本件事故による外傷とは何ら関係がない。
    つまり,本件事故では,通常では死に至らない傷病によって,しかも,長期間の治療後に,本件事故による外傷とは関係のない全く別の傷病名によって死亡の結果が発生しているのであって,頭部外傷がない本件では,本件事故を直接の原因として「くも膜下出血」が発生することは考えられないし,事故発生後約2年を経過して外傷と全く関係のない病気によって死亡した場合に,安易に因果関係を肯定することは許されない。
    このように,本件では事故と死亡との因果関係は明らかとはいえない。
  (2) 原告らの損害額(争点2)
   (原告らの主張)
   ア 亡Aの損害
    (ア) 治療費 241万6107円
    (イ) 看護料
     ① 入院付添費(職業人) 615万6051円
     ② 入院付添費(家族分) 224万5750円
       亡Aは,長期間にわたり全く離床できない状態が続き,常時付添が必要であり,ほぼ常時職業付添人が付けられていたが,到底それでは間に合わない状態であったため,主に亡Bがその付添・介護に当たっていたのであるから,その付添費については,職業人による付添費の半額3250円を日額として,全入院期間である691日分の224万5750円は家族分の付添費として認められるべきである。
    (ウ) 家族付添のための交通費 69万1000円
       日額1000円×691日=69万1000円
    (エ) 入院雑費 103万6500円
       日額1500円×691日=103万6500円
    (オ) 休業損害 666万8150円
       亡Aは,専業主婦であるから,その基礎収入については平成13年賃金センサスの女子労働者学歴計の全年齢平均賃金352万2400円(日額9650円)とするのが相当であり,上記金額は,その691日分である。
       日額9650円×691日=666万8150円
    (カ) 傷害慰謝料 500万円
    (キ) 逸失利益 2556万2256円
       351万8200円(平成14年賃金センサスの女子労働者学歴計の全年齢平均賃金)×10.3796(死亡時57歳の平均余命30.12の2分の1の15年に相当するライプニッツ係数)×(1-0.3)(生活費控除率30%)=2556万2256円
    (ク) 死亡慰謝料 2400万円
    (ケ) 意見書作成費 32万円
       本件事故と亡Aの死亡の間に因果関係があることを証する意見書の作成代金であるから,これは本件事故による損害である。
    (コ) 以上合計 7409万5814円
    (サ) 既払分控除後の損害額合計 6552万3656円
   イ 亡Aの遺族固有の慰謝料
    (ア) 亡B 300万円
    (イ) 原告X1,原告X2 各100万円
   ウ 亡Aからの相続分を含む亡B及び原告らの損害額
    (ア) 亡B 3926万1828円
       内訳 亡Aからの相続分 3276万1828円
          固有の慰謝料 300万円
          弁護士費用 350万円
    (イ) 原告ら 各1908万0914円
       内訳 亡Aからの相続分 各1638万0914円
          固有の慰謝料 各100万円
          弁護士費用 各170万円
   エ 亡Bからの相続分を含む原告らの損害額 各3871万1828円
   (被告の主張)
    原告らの上記主張はいずれも争うものであるが,個々の損害についての主張は以下のとおりである。
   ア 看護料については,原告らは常時付けられていた職業付添人の看護料を請求しながら,家族の付添費を請求しているが,本件においては,家族による付添の必要性は認められないから,後者の請求は二重の請求であり不当である。
   イ 付添交通費についても,上記アのとおり本件では家族による付添の必要性は認められないから,付添交通費も認められない。
   ウ 原告らが主張する亡Aの傷害慰謝料は高額に過ぎるものであり,その慰謝料額はせいぜい380万円程度で十分である。
   エ 逸失利益について
     逸失利益について賃金センサスを基礎に算定する場合,算定の基礎とすべき年収額は直近の数値を用いるべきであり,近時,賃金センサスは減少傾向にあり,平成17年の賃金センサスの女子全労働者学歴計全年齢平均賃金額は343万4400円であるから,この数値を基礎として算定すべきである。
     また,稼働期間については,原則どおり67歳までの10年間とみるべきである。
   オ 死亡慰謝料については,近親者分の慰謝料を含めた総額で2400万円とすべきであり,原告らの主張する金額は過大である。
  (3) 素因減額の有無(争点3)
   (被告の主張)
     亡Aには糖尿病の既往症があり,平成11年からインスリン治療を開始しており,糖尿病性網膜症も合併していた。また,血糖値もコントロール不良の状態であった。糖尿病は,インスリン作用不足から生じる慢性高血糖を特徴とする代謝疾患であり,その合併症が生命の予後に重大な影響を及ぼすとされている。糖尿病の急性合併症は,急性感染症,慢性合併症は,微小血管障害(網膜症,腎症,神経障害)及び大血管障害(脳血管障害,虚血性心疾患,末梢動脈硬化症)などである。
     亡Aは,骨盤骨骨折に対する観血的整復固定術後に創傷感染,敗血症性ショック,腎不全(透析導入),反復感染と膿瘍多発,くも膜下出血,播種性血管内凝固症候群などを合併し死亡したものであり,多発膿瘍は糖尿病性急性感染症の合併,また,糖尿病性網膜症及び腎不全は微小血管障害に起因するもの,くも膜下出血は脳血管障害に起因するものであり,いずれも糖尿病の慢性合併症と密接な関与が認められる症状であるから,亡Aの死亡に既往疾患である糖尿病が深く関与していることは明らかである。
     そして,本件事故による外傷では,通常,受傷者が死に至ることはないことからすれば,亡Aの死亡という結果に対する糖尿病(亡Aの身体的素因)の寄与度は30パーセントを下らないから,原告らの損害については30パーセント以上の素因減額がされるべきである。
   (原告らの主張)
     上記被告の主張は争う。
     亡Aには糖尿病の既往症があったが,亡Aの入院が長期化したのは,本件事故による骨折に対する手術後の創傷感染に起因する敗血症,播種性血管内凝固症候群等の併発によるものであり,亡Aは,それに伴う全身状態の悪化からくも膜下出血を発症して死亡したものである。そして,医療記録上,亡Aの糖尿病が入院中の各時点における亡Aの疾患に寄与しているとの診断は全くなく,また,糖尿病が播種性血管内凝固症候群を合併し,くも膜下出血(脳血管障害)に至るという知見も存在しないから,亡Aの死亡と既往症である糖尿病との間に因果関係は認められない。
  (4) 過失相殺の有無及び程度(争点4)
   (被告の主張)
    本件事故の発生には,左右の安全確認を十分せずに漫然と優先道路を横断した亡Aの過失に起因する部分があるから,本件事故における亡Aの過失割合は20パーセントとするのが妥当である。
   (原告らの主張)
    被告の主張は争う。
    亡Aは,漫然と優先道路を横断したわけではないし,被告は,亡Aの存在を認識していたにもかかわらず,漫然と制限速度を15キロメートル超える速度を維持したまま加害車両を走行させた上,前方不注視の過失により亡Aに加害車両を衝突させたものであるから,被告の過失は極めて大きいものであり,また,本件道路(加害車両の走行道路)が歩車道の区別がない道路であることからすれば,本件事故における亡Aの過失割合は5パーセントを超えることはない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点1(本件事故と亡Aの死亡との因果関係)について
  (1) 上記前提事実,証拠(甲3の3ないし5及び9,23,乙1ないし4,14ないし18)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故から亡Aの死亡に至る事実経過として以下の事実が認められる。
    亡Aは,平成13年1月20日,本件事故により右臼蓋骨折,左恥座骨骨折,右鎖骨遠位端骨折,右肋骨骨折及び後腹膜血腫等の多発的外傷を負い,一旦は医療法人博愛会杉村病院に搬送され,同病院で治療を受けたが,同日,自治医科大学附属病院に転送され,同病院救急部に入院し,同月25日,同病院整形外科に転科となった。同科では,平成13年1月30日,亡Aの骨盤骨骨折に対し観血的整復固定術を施行したが,術後創傷感染があり,同年5月11日,亡Aは,播種性血管内凝固症候群,敗血症性ショックにより,ICUでの治療となり,同月12日,感染部の切開排膿術(緊急手術)を受けた。しかし,亡Aは,同月24日から尿量が低下し,腎不全に陥り,同年6月1日,腎透析が導入され,全身管理目的のため腎臓内科に転科となったものの,腎機能の回復が見込めず,同年7月3日,再度,整形外科に転科となった。その後,亡Aは,感染が悪化し,同年10月3日には全身麻酔下によるデブリードマン(創傷清抜)が施行させ(ママ)た。その後,亡Aは,平成14年4月に呼吸状態が悪化し,同月18日には気管切開術が施行させ(ママ),同年9月18日には左上腕動脈表在化術が施行されたが,同年11月19日には左膿骨から大腿部にかけての膿瘍が発覚し,同月22日,局所麻酔下で切開排膿術が施行された。亡Aには骨盤内等にも膿瘍が散発していた。亡Aは,同年12月9日,透析中に呼吸状態不安定となり人工呼吸器導入,CT検査にてくも膜下出血による脳浮腫と診断され,同月10日,脳波及び聴性脳幹反応がいずれもマイナスとなり,同月11日午前8時5分,くも膜下出血により死亡した。
  (2) 以上の事実によれば,亡Aは,本件事故により重度の外傷を受け,その治療中に創傷感染があり,その結果,敗血症,播種性血管内凝固症候群,腎障害等を併発し,全身状態の悪化に伴い,くも膜下出血を発症して死亡したものであるから,本件事故と亡Aの死亡との間には因果関係があるというべきである。
    被告は,その因果関係を否定し,亡Aにおいては,事故発生後約2年を経過して外傷と全く関係のない病気によって死亡しているのであるから,安易に因果関係を肯定することは許されない旨主張するが,亡Aの入院が長期化したのは,本件事故による骨折に対する手術後の創傷感染に起因する敗血症,播種性血管内凝固症候群等の併発によるものであるし,それに伴う亡Aの全身状態の悪化から,くも膜下出血を発症して死亡したのであるし,被告提出の意見書(乙18)においても,本件事故と亡Aの死亡との因果関係は肯定しているし,本件証拠上,その因果関係に疑問を呈するような証拠はないから,その因果関係を否定する上記被告の主張は採用できない。
 2 争点2(損害額,弁護士費用を除く。)について
  ア 亡Aの損害について
   (ア) 治療費 241万6107円
     証拠(甲22)及び弁論の全趣旨によれば,亡Aの入院治療費は,健康保険からの出捐分を除き,241万6107円であったことが認められる。
   (イ) 看護料 729万3551円
     証拠(甲22,23)及び弁論の全趣旨によれば,亡Aの入院中,専門の付添人が亡Aの付添看護をしていたこと,その要看護日数は,平成13年3月19日から平成14年12月9日までの558日間であり,その看護料の実費は合計615万6051円であったと認められるから,上記金額は,本件事故により亡Aに生じた損害というべきである。
     また,証拠(甲3の9,23)によれば,本件事故による亡Aの入院期間中,亡Aはほぼ寝たきりの状態であり,細かな身の回りの世話や亡Aに対する精神的な励まし等,専門の付添人では不十分な部分があったことから,主に亡Bがその付添介護にあたっていたことが認められる。そして,本件事故による亡Aの受傷の程度,上記認定の亡Aの入院治療経過並びに専門の付添人による看護が常時されているとは必ずしもいえないことからすれば,亡Bらによる付添介護は,医師の指示によると認めるに足りる証拠はないものの,その必要性があったものといえる。ただし,亡Aについては,専門の付添人もいたのであるから,本件事故と相当因果関係がある損害としての家族分の入院付添費は,職業人による付添費の半額3250円(弁論の全趣旨)を日額として,全入院期間である691日分の約半分である350日と認めるのが相当であり,その額は113万7500円(3250円×350日=113万7500円)となる。
   (ウ) 家族付添のための交通費 35万円
     上記のとおり本件事故による損害としての家族分の入院入院(ママ)費は入院日数のうち350日分を認めるのが相当であるから,同日数に対応する付添のための交通費も本件事故による損害というべきであるところ,証拠(甲23)によれば,自宅から自治医科大学附属病院までの交通費は,往復で1000円を下らないことが認められるから,その日額を1000円とすると,本件事故による損害としての付添交通費は35万円となる(日額1000円×350日=35万円)。
   (エ) 入院雑費 103万6500円
     入院雑費については,1日につき1500円と認めるのが相当であるから,その総額は103万6500円である(1日1500円×691日=103万6500円)。
   (オ) 休業損害 666万8150円
     証拠(甲1,3の9)及び弁論の全趣旨によれば,亡Aは,本件事故当時,専業主婦であり,満55歳(昭和20年○○月○日生)の健康な女子であったと認められるから,亡Aが入院治療のため家事労働に従事できなかった期間(691日)におけるその休業損害の算出にあたっては,賃金センサス平成13年第1巻第1表の女子労働者学歴計の全年齢平均賃金を基礎とするのが相当であり,その額は352万2400円(日額9650円)であるから,本件事故による亡Aの休業損害は,666万8150円となる(日額9650円×691日=666万8150円)。
   (カ) 傷害慰謝料 400万円
     本件事故による亡Aの傷害の部位及び程度,入院期間並びに前記認定の入院期間中の治療経緯等に鑑みれば,傷害慰謝料は400万円をもって相当というべきである。
   (キ) 逸失利益 1901万6539円
     亡Aは,死亡時,満57歳であったから,その基礎収入については賃金センサス平成14年第1巻第1表の女子労働者学歴計の全年齢平均賃金351万8200円を採用し,生活費控除率を30パーセントとし,年5分の割合による中間利息の控除はライプニッツ方式(係数は,就労可能年齢67歳までの10年間のライプニッツ係数である7.7217を採用)によるのが相当であるから,以上に基づき亡Aの逸失利益を算出すると,1901万6539円となる(円未満は四捨五入,以下の計算も同様)。
    (式)351万8200円×(1-0.3)×7.7217=1901万6539円
   (ク) 死亡慰謝料 2200万円
     亡A固有の死亡慰謝料については,本件に現れた諸般の事情を考慮すれば,上記2200万円をもって相当というべきである。
   (ケ) 意見書(甲15)の作成費 32万円
     本件訴訟において,被告が本件事故と亡Aの死亡との因果関係を争い,Aの既往症である糖尿病が亡Aの死亡に関与している旨主張していることは明らかであるところ,証拠(甲15,21)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは上記被告の主張に対する反証として,医学博士Cに対し,亡Aの死亡と糖尿病との因果関係に関し意見を求め,C作成に係る意見書(甲15)の作成代金として,同人に32万円を支払ったことが認められる。そして,亡Aの既往症である糖尿病が亡Aの死亡に影響を及ぼしているとは認められないという後記判断にあたり,上記意見書は有力な判断資料となっていることからすれば,上記意見書の作成代金32万円は,本件事故により亡Aに生じた損害と認めるのが相当である。
   (コ) 以上合計 6310万0847円
  イ 亡Aの遺族固有の慰謝料
   (ア) 亡Aの夫である亡Bにつき200万円,亡Aの子である原告X1及び原告X2につき各100万円と認めるのが相当である。
  ウ 以上によれば,亡Aからの相続分及び亡Bからの相続分を含む原告らの損害額は,各3355万0423円となる。
 3 争点3(素因減額の有無)について
  (1) 被告は,亡Aの死亡には亡Aの既往症である糖尿病が深く関与している旨主張し,医学博士D作成の意見書(乙18,以下「D意見書」という。)を提出するところ,D意見書では,本件事故と亡Aの死亡との因果関係について,概略以下のように述べられている。
   ア 本件事故の態様からは,一般の通常健康人の場合,本件事故によって亡Aが負った傷害は死亡の原因とは考えられないし,一般的に,その傷害は6か月ないし1年程度で完治すると思われる。
   イ 亡Aは,骨盤骨骨折に対する観血的整復固定術後に創傷感染,腎不全,反復感染と膿瘍多発,くも膜下出血,播種性血管内凝固症候群などを合併し死亡したものであり,その病態経過をみると,既往疾患,特にコントロール不良とされる糖尿病の関与があげられる。
   ウ 糖尿病は,インスリン作用不足から生じる慢性高血糖を特徴とする代謝疾患で,その合併症が生命の予後に重大な影響を及ぼすとされており,急性合併症は急性感染症,慢性合併症は,微小血管障害(網膜症,腎症,神経障害)及び大血管障害(脳血管障害,虚血性心疾患,末梢動脈硬化症)などである。
   エ 亡Aの場合,多発膿瘍は糖尿病性急性感染症の合併,網膜症及び腎不全は微小血管障害に起因するもの,くも膜下出血は脳血管障害に起因するもので,いずれも糖尿病の慢性合併症との密接な関与が認められる。
    そして,証拠(乙1)によれば,亡Aは満37歳時から糖尿病を発症し,平成11年からはインスリン治療が開始されたこと,亡Aの自治医科大学附属病院への入院時(平成13年1月20日)の血糖値は,300~400であったことが認められる。
  (2) しかし,D意見書に示された判断(ママ)ついては,以下のとおりこれを採用することはできない。すなわち,
   ア D意見書では,上記判断の前提として,亡Aの疾患の現症として,血糖値が300~400台でコントロール不良(註・200以上は不良)としている(D意見書第3章)が,確かに入院時の血糖値が上記のとおりであったことは前述したとおりである。しかし,亡Aの血糖値は,入院後の平成13年5月には120~150,同年10月には108~145,同年12月には150~250と推移しており(甲12,乙2の22頁),入院後においては,必ずしもコントロール不良の状況にあったものとはいえない。D意見書は,亡Aの糖尿病の症状についての認識が不十分であるといわざるをえない。
   イ また,D意見書は,亡Aが死亡するまでの病態経過から,亡Aの死亡の背景にコントロール不良の糖尿病の関与があると述べる(上記(1)イ)が,亡Aの糖尿病がコントロール不良であったか否かはさておき,上記判断からは,亡Aの死亡の直接の原因となったくも膜下出血に,糖尿病がどのように素因として寄与したかが判然としない。そもそも,糖尿病がくも膜下出血の危険因子となるとの知見は本件証拠上認められず,むしろ,証拠(甲8,15ないし17)によれば,医学的知見として,糖尿病がくも膜下出血の危険性を下げる因子とまでは結論づけるまでには至っていないものの,糖尿病に罹患している者の方が罹患していない者よりもくも膜下出血の相対危険度は統計的に低い結果となっており,少なくとも糖尿病がくも膜下出血発症の危険因子とはなっていないと認識されていることが認められるから,D意見書の上記判断は失当といわざるを得ない。
   ウ さらに,D意見書は,亡Aの場合,多発膿瘍は糖尿病性急性感染症の合併,腎不全は微小血管障害に起因するものとの判断している(上記(1)エ)が,糖尿病による急性の合併症として多発膿瘍が発症するとの知見の存在を認め得る証拠はないし,術後創傷感染から敗血症性ショック,さらには腎不全に至る亡Aの病態経過に加え,亡Aにおいては,敗血症性ショックは播種性血管内凝固症候群を併発させていることから,その敗血症性ショックは重篤なものと推認でき,重篤な敗血症を発症した場合,腎血流の低下により腎不全を招来することは一般的な知見である(弁論の全趣旨)から,亡Aの腎不全は重篤な敗血症に合併して発症したものとみるのが自然であり,自治医科大学附属病院の腎臓内科専門医も,亡Aの腎症について,糖尿病の合併症であるとの見立てをしていない(乙1・374頁)。したがって,D意見書の上記判断にはいずれも疑問がある。
   エ 自治医科大学附属病院における亡Aの主治医・Eは,糖尿病を含む既往疾患によって亡Aの治療が長引いている訳ではない旨を述べているし(甲12,乙2・22頁,弁論の全趣旨),医学博士Cは,亡Aの死因であるくも膜下出血について,外傷性脳動脈瘤の破裂によるものであり,その破裂の誘因は,播種性血管内凝固症候群などによる全身状態の悪化であると判断しており(甲15),この判断については,これを否定するに足りる証拠はない。そして,糖尿病と播種性血管内凝固症候群との間に因果関係が存するとの知見の存在を認め得る証拠はない。
   オ 以上の諸点に照らせば,D意見書に示された判断は,これを採用することはできない。
  (3) そして,本件証拠上,D意見書のほかに亡Aの死亡に既往症の糖尿病が寄与していることをうかがわせる証拠はないから,被告の素因減額の主張は理由がなく,採用できない。
 4 争点4(過失相殺の有無及び程度)について
  (1) 本件事故の態様及び本件事故現場の状況等については,上記前提事実(1)のほか,証拠(甲3の1ないし9)によれば,本件事故は,被告が加害車両を運転し本件事故現場である信号機の設置されていない交差点を福良方面から中久喜方面に向かい直進するにあたり,本件交差点左側で自転車を降りて佇立している亡Aを進路左前方約50.4メートルの地点に認めたものの,亡Aが加害車両の通過を待ってくれるものと軽信し,亡Aの動静を注視せず,進路の安全確認不十分のまま時速約55キロメートルで加害車両を進行させたため,折から本件交差点を左方から右方に向かって自転車を押して横断してきた亡Aを前方約22.7メートルの地点に発見し,右転把するとともに急制動の措置を講じたものの間に合わず,加害車両前部を自転車もろとも亡Aに衝突させたというものであること,加害車両の進行道路はアスファルト舗装がされた幅員約6.2メートルの平坦な直線道路であり,歩車道の区別はなく,時速40キロメートルの速度規制がされていること,本件交差点における交差道路は幅員約4.1メートルの直線道路であること,衝突地点は加害車両の進行道路のセンターライン手前(亡Aの歩行方向から)であること,本件交差点から加害車両が走行してきた方面の見通し及び加害車両が走行してきた道路上から本件交差点方向の見通しは,いずれも良好であること,本件事故当時,雪の降り始めであったが,本件事故現場の路上は乾燥していたことが認められる。
  (2) 以上の事実によれば,本件事故の発生時が1月20日の午後4時35分ころであり,多少薄暗い時間帯であったといえるものの,亡Aにおいても,本件交差点を横断するにあたり,本件交差点に向かって進行してくる加害車両の存在は認識できたはずであり,しかるに,亡Aは,広狭差のある道路の本件交差点において,加害車両に衝突させる危険があるにもかかわらず,広路の横断を敢行したものといえるから,本件事故の発生に進行道路上の安全確認を怠った亡Aの過失に起因する部分があることは明らかである。
    そして,上記認定のとおり,本件事故発生時における加害車両の走行速度が制限速度を約15キロメートルも上回る時速約55キロメートルであったこと,亡Aが横断しようとしていた道路には歩車道の区別がないこと,一方,衝突地点から判断して,亡Aは,加害車両が本件交差点に比較的近接してから,道路の横断を開始したものと推認できること,その他上記認定の事故態様に照らせば,本件事故における亡Aの過失割合は15パーセントと認めるのが相当である。
    そこで,上記認定の原告らの損害について15パーセントの過失相殺をすると,各2851万7859円となる。
 5 上記前提事実(5)のとおり,原告らは被告が加入する保険会社から857万2158円の支払を受けているから,上記過失相殺をした後の原告らの各損害に上記既払金(各原告につき各428万6079円)を補填すると,各損害の残額は,各2423万1780円となる。
 6 弁護士費用 原告らにつき各240万円
   本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害(亡Bからの相続分を含む。)は,原告らにつき上記金額をもって相当と認める。
 7 結論
   以上によれば,原告らの請求は,被告に対し各2663万1780円及びこれに対する不法行為の日である平成13年1月20日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない(なお,被告の仮執行免脱宣言の申立ては相当でないと認め却下する。)。
   よって,主文のとおり判決する。
    水戸地方裁判所下妻支部
           裁判官  小池喜彦

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