東京地方裁判所判決 平成19年2月14日

症状固定時67歳の主婦が高次脳機能障害(2級1号)の後遺障害を負った場合において、傷害分273万円の慰謝料、本人分2500万円、主たる介護をする夫分100万円の後遺障害慰謝料を認めた。
       主   文

 1 被告Y1は,原告X1に対し,金7493万7612円,原告X2に対し,金110万円及びこれらに対する平成15年5月24日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
 2 被告Y2保険株式会社は,原告X1の被告Y1に対する判決が確定したときは,原告X1に対し,金7493万7612円及びこれに対する平成15年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告Y2保険株式会社は,原告X2の被告Y1に対する判決が確定したときは,原告X2に対し,金110万円及びこれに対する平成15年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 5 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。
 6 この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求
 1 被告Y1は,原告X1に対し,金9675万1958円,原告X2に対し,金1100万円及びこれらに対する平成15年5月24日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
 2 被告Y2保険株式会社は,原告X1の被告Y1に対する判決が確定したときは,原告X1に対し,金9675万1958円及びこれに対する平成15年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告Y2保険株式会社は,原告X2の被告Y1に対する判決が確定したときは,原告X2に対し,金1100万円及びこれに対する平成15年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,被告Y1(以下「被告Y1」という。)の保有,運転する自動車(以下「被告車両」という。)が原告X1(以下「原告X1」という。)運転の自転車(以下「原告自転車」という。)に衝突し,原告X1が負傷した交通事故に関し,原告X1及びその夫である原告X2(以下「原告X2」という。)が,被告Y1に対しては民法709条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,被告Y1と自動車保険契約(対人・対物賠償責任保険)を締結していた被告Y2保険株式会社(以下「被告Y2」という。)に対しては保険約款上の直接請求権に基づき,原告らの被った損害及び事故発生日以後の遅延損害金について,それぞれ賠償を請求している事案である。
 2 前提となる事実(特に証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)
 (1)交通事故の発生
    次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
   ア 日時   平成15年5月24日午前9時59分ころ
   イ 場所   東京都豊島区千早4丁目25番先交差点(以下「本件交差点」という。)
   ウ 被告車両 被告Y1が保有,運転する普通乗用自動車(練馬(略))(甲3)
   エ 態様   被告Y1は,信号機による交通整理の行われていない本件交差点に向かって進行するに当たり,本件交差点の手前には一時停止の道路標識が設置され,かつ,左右の見通しがきかなかったのであるから,同道路標識に従って本件交差点の手前で一時停止した上,左右道路からの自転車等の有無に留意し,その安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,車内の犬の餌を探すことに気を取られ,同道路標識を看過して,本件交差点の存在にも全く気付かないまま,本件交差点の手前で一時停止せず,かつ,左右道路からの自転車等の有無にも留意しないで,その安全確認不十分のまま,漫然と時速15ないし20キロメートルで本件交差点に進入した結果,本件交差点を右方から左方に向かい進行していた原告X1運転の原告自転車に衝突し,原告X1を同自転車もろとも跳ね飛ばした。(甲2,16)
 (2)原告X1の受傷内容
    原告X1は,本件事故により,高次脳機能障害を伴う頭蓋骨骨折,脳挫傷,急性硬膜下血腫,外傷性脳内血腫の傷害を受けた。
 (3)原告X1の治療経過
    原告X1(昭和12年○月○○日生,本件事故当時66歳)は,次のとおり入院,通院して診療を受けた。
   ア 日本大学板橋病院(以下「日大板橋病院」という。)
     原告X1は,本件事故後,直ちに日大板橋病院に搬送され,平成15年5月24日から同年6月12日までの間,同病院に入院した(甲17)。
   イ 医療法人社団りんご会東十条病院(以下「東十条病院」という。)
     原告X1は,平成15年6月12日,日大板橋病院から東十条病院に転院し,同年11月26日まで同病院に入院し(日大板橋病院及び東十条病院の入院期間合計187日),その後,平成16年7月14日までの間,東十条病院に通院した(実通院日数33日)(甲8,乙3の1及び2)。
 (4)原告X1の後遺障害
    原告X1は,平成16年7月12日症状固定と診断され(当時67歳),見当識障害,注意障害,集中力低下等の高次脳機能障害,右半身不全麻痺(右上肢巧緻障害)の障害を残した(なお,後遺障害の程度については争いがある。)。
 (5)原告X1の後見開始審判
    原告X1は,本件事故による後遺障害の影響で,自己の財産を管理・処分する能力を喪失し,また,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるため,平成16年6月22日,後見開始の審判を受け,原告X2が成年後見人に選任された。
 (6)被告らの責任原因
   ア 被告Y1には,前記(1)エのとおり,一時停止義務,前方注視義務に違反した過失があるから,民法709条に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負うとともに,被告車両の保有者であり,同車両を自己のため運行の用に供していたから,自賠法3条に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。
   イ 被告Y2は,被告車両につき自動車保険契約を締結しており,保険約款(乙28)の賠償責任条項7条及び9条に基づき,原告らの被告Y1に対する損害賠償請求(本件請求)について被告Y1と原告らとの間で判決が確定した場合等に,直接原告らに対し損害賠償額の支払義務を負う。
 3 争点及び争点に関する当事者の主張
 (1)争点1(事故態様及び過失相殺)
  (被告ら)
    本件交差点は,被告Y1の進行方向右角,原告X1の進行方向左側角にブロック塀があり,双方からの見通しが悪いのであるから,一時停止標識がなくても,自転車で本件交差点を横断するに際しては,左方の安全を確認する義務がある。原告X1が左方の安全を確認していれば,被告車両が時速15ないし20キロメートルで本件交差点に接近していることを発見できたはずであり,本件交差点手前で停止するなどして事故発生を回避することが可能であった。しかし,原告X1は回避措置をとることなく本件交差点に進入し,本件事故が発生した。
    このように,本件事故発生については原告X1にも過失があり,損害額算定に当たっては,過失相殺がなされるべきである。
  (原告ら)
    被告Y1は,同乗していた飼い犬の餌を探していたため,一時停止義務,前方注視義務に反するという重大な過失によって,本件事故を起こした。これに対し,原告X1には一切の落ち度はなかったから,過失相殺は認められない。
 (2)争点2(原告X1の後遺障害及び介護の程度)
  (原告ら)
    原告X1には,見当識障害,注意障害,高次脳機能障害等の後遺障害が発生している。そして,右半身不全麻痺の症状が残っているものの,外形的な傷跡等が残っていないため,見かけは健常者と同じ状況であり,体を動かすことができるため,一人で勝手に行動し,家族が目を離した隙に一人で外出してしまうことがある。
    ところが,原告X1は,高次脳機能障害のため,周囲の状況等を理解,判断し,意味を考えた行動をとることが全くできない状態で,一人での外出は生命に危険を及ぼしている。例えば,道路を歩行しているときは信号の意味が分からず,また,走行中の自動車の危険性についても全く理解できないため,信号や走行中の自動車を全く気にせず,道路を横断しようとしてしまうのである。その一方で,自動車の運転手や周囲の人間は一見しただけで原告X1の障害に気付くことはほとんど不可能であるため,その危険性に気付くことができず,安全に外出することは不可能となっている。
    また,原告X1は,現在,医師から食事制限をするように言われているが,自らはその意味,必要性等を全く理解できないため,原告X2が原告X1に食べさせるものを制限するようにしている。しかし,原告X1はその言うことを聞かず,原告X2の知らない間に勝手に間食するなどして体調が悪化している状態である。
    このように,原告X1は肉体と精神がアンバランスであるため,常時介護がないと生命にも危険を及ぼす可能性がある。寝たきりの状態の病人よりも常時介護の必要性が高いとさえいえる。
  (被告ら)
    現在の原告X1の身体の運動機能,精神状態あるいは介護の状況については,必ずしも明確ではない。ただ,原告X1は,感情の起伏,注意力の欠如,記憶障害などが認められるものの,起居,歩行,食事,入浴,用便,更衣などの身の回りの日常生活は,介助がなくとも可能なようである。寝たきりとか一人では日常生活が全くできないという状態ではない。
 (3)争点3(原告らの損害額)
  (原告ら)
   〔原告X1の損害〕
   ア 治療費                    203万8353円
     内訳 日大板橋病院  86万0060円
        東十条病院  117万8293円
   イ 通院交通費                    1万9840円
   ウ 付添交通費                    1万9840円
   エ 駐車料金(育秀苑ショートステイ)            300円
   オ 入院雑費                    20万5700円
   カ 診断書代(リサーチ会社宛)            1万0500円
   キ その他文書代(東十条病院,日大板橋病院)       8400円
   ク 家事予納金(成年後見人手続)          10万0000円
   ケ 症状固定までの介護費用             17万7315円
     原告X1は,介護保険制度を利用し,業者による介護を受けたが,その際の自己負担分の金額である。なお,介護保険制度では,原告X1同様,要介護認定4のレベルの者については,治療費等の実費の9割相当額が,1か月当たり30万6000円になるまでは介護保険制度により保護され,これを超過する部分については,全額負担することになる。
   コ 将来の介護費用               4804万4950円
     10,000円/日×365日×13.1630(平均余命22年のライプニッツ係数)
     原告X1には常時介護の必要性がある。
     一方で,原告X1の家族である原告X2は内臓疾患による運動障害を患っており,同人が原告X1を常時介護することは困難である。また,原告X1の息子Aは,体幹機能障害で身体障害等級2級の認定を受けている状態であり,次男Bは,本件事故を契機にうつ病となり,精神科に通院中であるので,同人らが原告X1を常時介護することも不可能である。したがって,原告X1が安全に日常生活を営むためには職業付添人による介護を行わなければならない。
     職業付添人の費用は,最低でも1日当たり1万円を要する。
   サ 逸失利益                 2899万1828円
     3,490,300円(女性全年齢平均賃金)×100%×8.3064(平均余命21.3年の半分である11年のライプニッツ係数)
     原告は,本件事故当時,主婦であったが,健康で正常な能力を有する女性であり,女性労働者の全年齢平均賃金額の収入を得ることができた。
   シ 慰謝料                  4100万0000円
   (ア)傷害慰謝料    300万円
      入院期間6か月,通院期間13か月として計算する。
   (イ)後遺障害慰謝料 2800万円
      後遺障害1級に相当する。
   (ウ)増額事由    1000万円
      原告X1は,手術の結果,最終的には一命を取り留めることができたが,脳の障害については手術等の治療が早期に行われるほど回復可能性が高くなるものである。ところが,被告Y1は,本件事故直後,自らの犯行を隠蔽するため,現場に駆け付けた通行人や警察官に対し,真実を告げなかった。そのため,原告X1は,病院に搬送された後も直ちに検査等の処置を受けることができず,原告X1に対する処置が著しく遅延し,重篤な後遺障害を引き起こしたものである。
      しかも,被告Y1は,本件事故直後,警察による実況見分においても虚偽の事実を述べ,捜査を攪乱した。その後,目撃者が発見され,被告Y1は本件事故後約2か月後にようやく逮捕に至ったが,起訴されるまで一貫して犯行を否認していた。
      起訴後,保釈された被告Y1は,原告X2に謝罪に訪れたが,余りに誠意のない対応に,原告X2は被告Y1が真に反省していないことを感じ取った。被告Y1は,刑事事件終了後,現在に至るまで,原告X2に対し,見舞いはおろか原告X1の症状を問い合わせることすらしていない。結局,裁判対策のための謝罪としか思えない現状である。
   ス 自転車修理代                    2500円
   セ 小計                 1億2061万9526円
   ソ 損害のてん補              △3266万3201円
     内訳 自賠責保険から    3120万0000円
        被告Y2から  146万3201円
   タ 弁護士費用                 879万5633円
     セの1億2061万9526円からソの3266万3201円を控除した残額8795万6325円の1割に相当する金額。
   チ 原告X1の損害合計            9675万1958円
   〔原告X2の損害〕
   ア 近親者の慰謝料              1000万0000円
   (ア)原告X1には高次脳機能障害を伴う重度の後遺障害が残り,高次脳機能障害については回復可能性が極めて乏しいとされている。
   (イ)原告らの次男Bは,これまで約10年間会社員として勤務してきたが,原告X1が本件事故に遭い,生死の境をさまよい,やっと意識を取り戻し帰宅したものの,従前の原告X1とは全く異なる状況で,家族のことも家族と認識できないほどの状況を目の当たりにして大きなショックを受け,原告X1の帰宅後,情緒不安定となった。平成16年3月からは出社できない状態となり,精神科でうつ病との診断を受け,現在まで出社できずうつ病のままである。
   (ウ)原告らと同居している息子Aは身体障害者であるところ,これまでは原告らが二人でAの面倒を何とか見ていたが,本件事故によって,原告X2は2人の身体障害者の面倒を見ざるを得ない状況に追い込まれた。加えて,原告X2は,本件事故を契機にうつ病となった次男Bの面倒も見ざるを得ない状況に追い込まれた。このことによる肉体的,精神的負担は計り知れず,内臓疾患による運動障害を患っている原告X2にとって,その負担は,同様の状況にある者の数倍もの負担に相当する。
   (エ)被告Y1の一方的過失により生じた本件事故のため,原告ら家族の幸福な家庭は一瞬にして破壊された。被告Y1は,犯行態様自体が著しく悪質であるのみならず,事故後の態様についても極めて悪質というほかなく,これにより,原告X1及びその家族を肉体的,精神的に著しく毀損した。
   (オ)以上から,原告X2の肉体的,精神的負担や苦痛を慰謝するには,近親者固有の慰謝料として1000万円を下ることはない。
   イ 弁護士費用                 100万0000円
   ウ 原告X2の損害合計             1100万0000円
  (被告ら)
   〔原告X1の損害〕
   ア 治療費                   認める。
   イ 通院交通費                 不知。
   ウ 付添交通費                 不知。
   エ 駐車料金(育秀苑ショートステイ)      不知。
   オ 入院雑費                  不知。
   カ 診断書代(リサーチ会社宛)         認める。
   キ その他文書代(東十条病院,日大板橋病院)  不知。
   ク 家事予納金(成年後見人手続)        不知。
   ケ 症状固定までの介護費用           不知。
   コ 将来の介護費用               金額を争う。
     原告X1は症状固定時67歳であり,その平均余命は21年である。
     また,原告X1は,常時介護ではなく随時介護で足りる。介護はホームヘルパーにも依頼しているとのことであるが,主として家族で行っているようである。以上の事実と,従来の裁判例からすると,介護費用としては,1日当たり5000円ないし6000円が妥当であると思料される。
   サ 逸失利益                  争う。
     原告X1は本件事故当時66歳であるので,年収は女性労働者65歳以上の平均賃金を使用し,症状固定時67歳であるので,労働可能年数は10年とすべきである。
   シ 慰謝料                   争う。
     傷害慰謝料については,入院6か月,通院4か月(実通院日数33日)として算定すべきである。
     後遺障害慰謝料は2級であるので,2370万円とすべきである。
     増額理由については認められない。被告Y1は,事故後,被告Y1が本件事故を起こしたことを否定し,加害者は第三者であると警察官に告げた。警察官の到着後,事故現場から無断で立ち去ったため,捜査に支障を来すこととなった。また,被告Y1は,原告らに対し十分に謝罪せず,被害感情を傷つけたことは認める。しかし,本件事故直後,被告Y1は,警察官が来るまで,事故現場で原告X1の知人と話したり,自分のジャンバーを原告X1の枕代わりに敷いたりし,原告X1の介護をしていたことも事実である。さらに,刑事事件では,自己の非を認めた。
     原告らは,原告X1の治療処置の遅延は,被告Y1の前記行為によると主張する。しかし,治療行為は,交通事故であるか,加害者が誰であるか,事故態様がどのようかによるのではなく,患者の症状に対する医師の判断によるものである。したがって,被告Y1の前記行為が,原告X1の治療に支障を来すことはあり得ない。
   ス 自転車修理代                不知。
   セ 小計                    争う。
   ソ 損害のてん補                認める。
   タ 弁護士費用                 不知。
   チ 原告X1の損害合計             争う。
   〔原告X2の損害〕
   ア 近親者の慰謝料               争う。
     原告X1の慰謝料以外に原告X2の慰謝料は認められるべきではない。
   イ 弁護士費用                 争う。
   ウ 原告X2の損害合計             争う。
第3 当裁判所の判断
 1 争点1(事故態様及び過失相殺)について
 (1)争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件事故の状況等について,次の事実が認められる。
   ア 本件交差点は,別紙図面のとおり,千川通り方面から山手通り方面に向かい北から南に走る区道(以下「本件道路1」という。)と,要町通り方面から牛込商業高校方面に向かい北東から南西に走る区道(以下「本件道路2」という。)が交差する裏通り交差点であり,信号機による交通整理は行われていない。
     本件道路1は,本件交差点の北側(千川通り方面)では,路側帯を含む道路幅員が3.6メートル,車道は1車線で,西側に幅員0.8メートルの路側帯が設置されている。本件交差点の南側(山手通り方面)では,路側帯を含む道路幅員が4.3メートル,車道は1車線で,西側に幅員1.35メートルの路側帯が設置されており,千川通り方面から山手通り方面に向かう一方通行路である。
     本件道路2は,本件交差点の北東側(要町通り方面)では,路側帯を含む道路幅員が4.95メートル,車道は同じく1車線で,両側に幅員がそれぞれ1メートル及び0.75メートルの路側帯が設置されている。本件交差点の南西側(牛込商業高校方面)では,路側帯を含む道路幅員が4.37メートル,車道は1車線で,両側に幅員がそれぞれ0.77メートル及び0.8メートルの路側帯が設置されている。要町通り方面から牛込商業高校方面に向かう一方通行路であり,本件交差点の手前に一時停止規制がされている。また,本件交差点の要町通り方面(北東側)出口に横断歩道が設置されているが,自転車横断帯は設置されていない。
     本件交差点付近は本件道路1,本件道路2とも直線で平坦であるが,ブロック塀,建物,樹木等のため,交差道路への左右の見通しは不良である。また,市街地であり,交通は頻繁である。
    (乙5)
   イ 被告Y1は,被告車両を運転し,本件道路2を要町通り方面から牛込商業高校方面に向かい進行中,本件交差点の手前付近において,被告車両の車内に載せていた飼い犬が騒ぎ出した。被告Y1は,犬の様子から餌を欲しがっているのだと思い,助手席シート後方のポケットに入れていた犬の餌であるドライフルーツを取り出すため,右手でハンドルを握り,左手で手探りでドライフルーツを探したが,取り出すことができなかった。そこで,視線を助手席シート後方のポケットに向けたが,その間も被告車両を運転し続け,本件交差点手前にある一時停止標識を無視して一時停止をせず,また,左右の安全を確認することもなく本件交差点に進入した。そして,本件交差点内に入ってから,被告Y1は視線を前方に向けたところ,本件道路1を千川通り方面から山手通り方面に向かい進行してきた原告X1運転の原告自転車が目前で通過するのを認めたが,ブレーキを掛ける間もなく被告車両前部が原告自転車に衝突し,直ちに被告車両は急ブレーキを掛けて本件交差点の中央付近に停止した。
     原告X1及び原告自転車は,被告車両との衝突の衝撃で跳ね飛ばされ,原告X1の進行方向に向かって右前方の交差点角付近に転倒して停止した。
    (甲14ないし16,乙6ないし14,16ないし22,24)
 (2)以上の事実を前提に,原告X1の過失の有無及びその割合について検討する。
    本件事故は,被告Y1が,信号機により交通整理が行われていない本件交差点を通過するに際し,車両運転者として基本的な注意義務である前方注視義務を怠り,視線を助手席シート後方のポケットに向けたまま,すなわち,いわゆる脇見運転の状態で,かつ,一時停止義務があるにもかかわらず停止しないまま,本件交差点に進入するという過失によって発生した事故というべきであって,事故発生の主たる原因が被告Y1にあることは明らかである。
    これに対し,原告X1は,原告自転車で本件交差点を通過するに際し,本件道路1から交差する本件道路2の左右の見通しは良好とはいえないものの,被告車両の存在を全く認識し得ない状況であったとはいえず,本件道路2を要町通り方面から進行してくる車両の存在を予測し,左右の安全を確認して進行していれば,本件道路2を進行して本件交差点に進入しようとする車両を発見し,直ちに停止するなどして衝突を回避することは全く不可能であったとはいい難いところである。そうすると,本件事故の発生について,原告X1におよそ落ち度がなかったとまではいえない。
    しかしながら,本件事故は,自転車と四輪車が信号機による交通整理が行われていない交差点で出合い頭に衝突した事故であり,原告X1は自転車側の立場であること,被告Y1の進行方向には,本件交差点手前に一時停止の規制がなされていること,かかる状況において,被告Y1は,一時停止義務を履行しなかっただけではなく,脇見運転を行うという著しい過失が認められること,原告X1は本件事故当時66歳であったこと等に照らすと,原告X1の過失割合は,被告Y1の過失割合との関係では結局0パーセントと評価せざるを得ない。
    したがって,本件においては,過失相殺をすることは相当ではなく,被告の主張は採用しない。
 2 争点2(原告X1の後遺障害及び介護の程度)について
 (1)原告X1は,本件事故による脳挫傷後の身体症状として,右半身不全麻痺(右上肢巧緻障害)が軽度残存し,歩行時や動作開始時のふらつき,動作の緩慢がみられるほか,いわゆる高次脳機能障害の症状として,見当識障害,注意障害,言葉の保続(感覚性失語),集中力低下,計算障害(計算間違いが多い),強い健忘,金銭的判断不可,失認,失行等が認められる。長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は,平成16年4月21日時点で30点中10点,同年2月25日実施のコース立方体組み合わせテストは13点でIQは52.5,MMSE(Mini-Mental State)は30点中15点である。東十条病院医師の平成16年7月21日作成の「脳外傷による精神症状等についての具体的な所見」において,精神障害,性格障害の内容としては,「物忘れ症状」,「集中力が低下していて,気が散りやすい」,「話がまわりくどく,話の内容が変わりやすい」,「計画的な行動を遂行する能力の障害」,「複数の作業を並行処理する能力の障害」が「高度」であり,「新しいことの学習障害」,「短期,易刺激的,易怒性」,「飽きっぽい」,「感情の起伏や変動がはげしく,気分が変わりやすい」,「発想が幼児的で,自己中心的」,「自発性や発動性の低下があり,指示や声かけが必要」,「行動を自発的に抑制する能力の障害」,「睡眠障害,寝付きが悪い,すぐに目が覚める」,「人混みの中へ出かけることを嫌う」が「中等度」であり,「粘着性,しつこい,こだわり」,「感情が爆発的で,ちょっとしたことで切れやすい」,「性的な異常行動・性的羞恥心の欠如」,「行動が緩慢,手の動きが不器用」,「暴言・暴力行為(感情的)」,「社会適応性の障害により,友達付合いが困難」が「軽度」とされており,家族(原告X2)の作成による日常生活状況報告表にも同内容の記載がある。また,食事,衣服の着用,洗顔,歯磨きは指示があればでき,トイレには行けるが尿便をもらすこともあり,何かをする場合に指示が必要なときがある。記憶障害があるため,服薬には指示が必要である。外出にはいつも付添いが必要な状況であるが,原告X1が一人で外出したがり,外出しようとするため,家族が注意して見守る必要がある。
    現在,日常生活については主として原告X2が原告X1の面倒をみており,リハビリとして原告X2が一緒に外出,散歩をしている。週1回は,ヘルパー(介護士)に来てもらい,昼食を一緒に作る手伝いをしている。このほかに,デイサービスとして,週2回,原告らの自宅の近所にある「長崎豊寿園」を利用している。また,毎月1回,特別養護老人ホームのショートステイを利用している。週末は友人等の見舞いがよくあり,その都度,応対しているが,友人が帰ると,今誰に会っていたのかをすぐに忘れてしまうような状態である。
   (甲8ないし11,24)
 (2)自賠責保険の調査事務所は,自賠責保険(共済)審査会高次脳機能障害専門部会の審議に基づき,原告X1の全般的知的機能低下,家族や他人との話が通じない,尿便をもらすことがある,右半身不全麻痺等の障害について,本件事故による脳挫傷に起因するものであり,生命維持に必要な身の回り処理の動作について随時介護を要することが認められることから,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」として,政令別表第一の2級1号と認定した。(甲13)
    これに対し,原告側において,1級相当と見直されるべきであるとして異議申立をしたところ,同調査事務所は,原告X1について,上下肢の筋力は左右いずれも「5」とされており,つまむ・握る動作,上衣・ズボンの着脱,座る,立ち上がる,屋内歩行のいずれも「一人でうまくできる」とされていること,「トイレに行ける」,食事も「指示があればできる」とされていることを踏まえると,生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要する状態とは認め難いとして,既認定どおり,2級1号が相当と判断した。(甲33)
 (3)前記(1)の事実によると,原告X1は,記憶障害や注意障害,集中力低下等の症状が強く,自発的に何かを行動することが困難で,何らかの動作をするにもその都度声掛けが必要であり,また,一人での外出は困難であることが認められ,高次脳機能障害の程度は高度であるといえるが,食事,用便,更衣等身の回りの処理動作や服薬等については,声掛けが必要であるものの,指示があればできるという状態であって,全面的に介護を要する状態であるとは認められない。感情の起伏や感情的な言動,易刺激性等の情緒面の障害も認められ,これによる原告X2ら同居家族の負担は相当なものと認められるものの,その程度は中等度又は軽度であり,幻覚や幻想,発作性意識障害等は認められない。
    そうすると,原告X1の後遺障害の程度としては,高次脳機能障害のため,生命維持に必要な身の回り処理の動作について,「常に他人の介護を要するもの」である1級相当にまで至っているとはいい難い。
    したがって,原告X1の後遺障害は,自賠責保険において認定され(前記(2)),被告らにおいても認める2級相当と解するのが相当である。
 (4)もっとも,原告X1の具体的な介護の状況については,食事,用便,更衣等の身の回りの処理動作に関しては声掛けを要する程度であるとしても,外出には必ず付添いが必要な状態であり,感情の起伏や感情的な言動,易刺激性等の情緒面の障害も少なからず認められるほか,夜間もすぐに目が覚めるなど,介護者にとって肉体的,精神的な負担は決して軽いものとはいえない。
    さらに,現在まで,主として原告X1の看護に当たっている原告X2(昭和14年○○月○○日生)は,原告X1の症状固定時で既に64歳,現在67歳であり,左膝関節炎,変形性膝関節症等の持病を有していること(甲22,23),原告らと同居する子A(昭和45年○月○日生)は,小脳に脳炎の後遺症があり,体幹機能障害のため身体障害2級の認定を受けており,一人で何かをすることには不安がある状態であること(甲12,24),同じく原告らと同居する子B(昭和51年○月○日生)は,現在うつ病を患っていること(甲21,24)からすると,将来,原告X1の家族らによる近親者介護は,比較的負担の少ないものを中心とした部分的なものとならざるを得ないものと考えられ,職業人介護者の援助を要する状態であるといえる。
    これらの状況のほか,介護保険制度の利用が一定程度なされていることも踏まえると,原告X1の将来の介護費につき,1日当たり1万円とする原告X1の請求が高額に過ぎるとまではいい難い。
 3 争点3(原告らの損害額)について
 (1)原告X1の損害
   ア 治療費(争いがない。)           203万8353円
   イ 通院交通費                   1万9840円
     証拠(甲5の1ないし3)によれば,原告X1の通院のために要した電車代(1往復640円)として,症状固定日までに1万9840円を要したことが認められる。
   ウ 付添交通費                   1万9840円
     原告X1の本件事故による前記傷害の程度からすると,原告X2の付添が必要であったといえ,そのための電車代として,症状固定日までに原告X1と同額の1万9840円を要したことが認められる(甲5の1ないし3)。
   エ 駐車料金(育秀苑ショートステイ)           300円
     原告X1は,平成16年5月6日から同月8日まで育秀苑のショートステイを利用したものであるところ(甲18の14),原告X1の傷害の内容及び程度に照らすと,その際の駐車料金(甲7,29)は,本件事故による損害と認めるのが相当である。
   オ 入院雑費                   20万5700円
     原告X1は,前記第2の2(3)のとおり,本件事故により,187日間入院したものであるから,入院雑費20万5700円(甲4の1及び2)は相当である。
   カ 診断書代,その他文書代             1万8900円
     東十条病院の文書料3150円(甲7,30の1),日大板橋病院の文書料5250円(甲7,30の2),1)サーチ会社宛の診断書代1万0500円(甲4の1及び2)はいずれも本件事故による損害と認めるのが相当である。
   キ 成年後見手続費用(家事予納金)        10万0000円
     原告X1は,前記第2の2(5)のとおり,本件事故に起因する高次脳機能障害等の後遺障害のため,後見開始の審判を受けたものであり,その際,家事予納金として10万円を支出し,その全額が鑑定費用として使用されたものであるから(甲31,34),同金額を損害として認める。
   ク 症状固定までの介護費用            17万3557円
     原告X1は,本件事故による傷害のため,前記2のとおりの症状を有していたから,介護保険制度を利用した介護サービスを受けることには相当性があるといえるところ,症状固定日である平成16年7月12日までの自己負担額は,上記金額となる(甲6の1ないし3,甲18の1ないし26)。なお,支払日が症状固定後であっても,症状固定前のサービスに係るものについては損害として認めるべきであるところ,長崎第二豊寿園7月分(甲18の23)については,8回中3回が症状固定前のものであるから,1万0192円×3/8=3822円,有限会社スマイルサポート7月分(甲18の25)は,利用日が明らかではないため,31日中12日分として,7968円×12/31=3084円(円未満切り捨て),株式会社トーカイ7月分(甲18の26)についても利用日が明らかではないため,31日中12日分として,1250円×12/31=483円(円未満切り捨て)をもって損害と認める。
   ケ 将来の介護費               4679万7015円
     前記2のとおり,原告X1の介護費として1日当たり1万円とし,症状固定時における原告X1(67歳)の平均余命である21年間(ライプニッツ係数12.8211)の介護費は,上記金額となる。
   コ 逸失利益                 2369万4808円
     原告X1は,本件事故当時,家事労働に従事していたものであるところ(甲24,乙25,弁論の全趣旨),原告X1の本件事故当時の年齢(66歳)にかんがみ,基礎収入は賃金センサス平成16年第1巻第1表女性労働者学歴計65歳以上の平均年収306万8600円をもって相当とする。また,前記2のとおり,本件事故に起因する後遺障害があり,平均余命の約半分の期間である10年間(ライプニッツ係数7.7217)にわたり,労働能力は100パーセント喪失したものといえる。
     3,068,600×1.0×7.7217=23,694,808(円未満切り捨て)
   サ 慰謝料
    ① 傷害慰謝料                273万0000円
      原告X1の傷害の内容及び入通院経過(前記第2の2(2)及び(3))に照らし,上記金額が相当である。
    ② 後遺障害慰謝料及び増額分       2500万0000円
      本件事故の態様(前記1),本件事故後,被告Y1は,現場に駆けつけた警察官に対し,虚偽の事実を述べ,責任を否定する態度を示し,刑事事件の起訴後に至るまで,原告自転車と被告車両との衝突の事実を否定し続けたこと,原告X1の後遺障害が2級相当の重篤なものであること(前記2),本件訴訟に至るまでの被告Y1の対応(甲2,乙25),原告X2の固有の慰謝料額(後記(2)ア)等を考慮すると,後遺障害慰謝料の金額は,増額分も含め,上記金額が相当である。
   シ 自転車修理代                    2500円
     本件事故状況(前記1)からすれば,原告自転車の修理代(甲32)は本件事故による損害として認めるのが相当である。
   ス 小計                 1億0080万0813円
     なお,過失相殺はしない(前記1)。
   セ 損害のてん補(争いがない。)      △3266万3201円
   ソ 弁護士費用                 680万0000円
     本件事案の概要,本件訴訟経過,認容額に照らし,上記金額が相当である。
   タ 合計                   7493万7612円
 (2)原告X2の損害
   ア 近親者の慰謝料               100万0000円
     原告X1の後遺障害の程度(前記2),後遺障害に伴う主たる介護者である原告X2には相当の負担があると認められること等本件訴訟に表れた一切の事情を考慮すると,上記金額が相当である。
   イ 弁護士費用                  10万0000円
   ウ 合計                    110万0000円
第4 結論
  以上によれば,本訴請求は,被告らに対し(ただし,被告Y2に対する請求は,被告Y1に対する判決の確定を条件とする。),原告X1は7493万7612円,原告X2は110万円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成15年5月24日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は失当として棄却することとする。
    東京地方裁判所民事第27部
           裁判官  浅岡千香子

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