東京地方裁判所判決 平成16年2月27日

症状固定時32歳の男性会社員が膝関節と頸椎の神経症状(各14級10号、併合14級)の後遺障害を負った場合において、250万円の後遺障害慰謝料を認めた。

       主   文

 1 被告らは,連帯して,原告に対し,700万2101円及びこれに対する平成7年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用はこれを7分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 原告の請求
   被告らは,連帯して,原告に対し,4917万3578円及びこれに対する平成7年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告A(以下「被告A」という。)が運転する加害車両が,乗車中の乗客を降ろすため加害車両を停止して左後部ドアを開けたところ,上記ドアが後方から自転車に乗って加害車両の左側方を通過しようとした原告に衝突し,原告が傷害を負った交通事故に関し,原告が,被告Aに対しては,民法709条に基づき,加害車両の運行供用者であり,かつ,被告Aの使用者である被告**株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては,自賠法3条,民法715条に基づき,同傷害による損害賠償金の連帯支払を求めたという事案であり,中心的な争点は,(一)本件事故の態様,(二)原告に本件事故と相当因果関係のある後遺障害が発生しているか否か,後遺障害が発生している場合の障害の程度,(三)症状固定の時期,(四)原告の心因的要因に基づく素因減額の可否,(五)原告の損害の有無及び損害額である。
 1 争いのない事実及び証拠上明らかな事実
 (一)本件事故の発生
  (1)日  時   平成7年9月14日午後2時10分ころ
  (2)場  所   東京都千代田区〈省略〉先路上
  (3)加害車両   事業用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
     同運転者   被告A
     同保有者   被告会社
  (4)被害車両   自転車(以下「原告自転車」という。)
     同運転者   原告
  (5)事故態様   被告Aが,乗車中の乗客を降ろすため被告車を停止して左後部ドアを開けたところ,ドアが後方から被告車の左側方を通過しようとした原告自転車と衝突した。
 (二)責任原因
    被告Aは,被告車を運転して左後部ドアを開けるに当たり,後方への注意を怠った過失により,本件事故を発生させたものであるから,民法709条に基づき,また,被告会社は,被告Aの使用者であり,本件事故は,その業務に従事中の被告Aの過失により発生したものであり,かつ,被告車を保有していたものであるから,民法715条,自賠法3条に基づき,本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。
 (三)原告の受傷と通院状況
    原告は,本件事故により頚椎捻挫,右膝外側側副靭帯損傷,左膝及び右下腿挫傷の傷害を負ったことから,上記傷害を治療するため,次のとおり,通院した。
  (1)B病院
     平成7年9月14日から平成7年10月6日まで
    (診断名)頚椎捻挫,両膝・右下腿擦過傷兼打撲症,右膝外側側副靭帯損傷(甲35・9枚目)
  (2)D病院(以下「D病院」という。)
     平成7年10月7日から平成7年11月28日まで(実通院15日)
    (診断名)頚椎捻挫,両膝捻挫,右下腿打撲(甲36・9枚目)
  (3)○○大学医学部附属●●医院(以下「●●医院」という)
     平成7年11月29日から平成8年12月18日まで(実通院22日)
     平成9年5月29日(甲24の4の7)
    (診断名)外傷性頚部症候群,両膝挫傷(甲37・20枚目)
  (4)E整骨院(甲6,乙2の1)
     平成8年6月22日から平成9年9月3日
    (意見)頚部捻挫,腰部捻挫,右膝部捻挫,左膝部捻挫
  (5)××会医科大学附属病院(以下「××会病院」という。)
     平成9年2月15日から平成9年3月17日まで
    (診断名)頚椎捻挫,腰椎捻挫,両膝挫傷(甲38・2枚目)
  (6)F病院(以下「F病院」という。)
     平成9年3月28日から平成9年9月3日まで
    (診断名)両膝内障,頚部症候群,腰痛症(甲39・20枚目)
  (7)G診療所(以下「G診療所」という。)
     平成9年4月18日(治療費MR代・甲24の3の4,24の3の5)
 (四)後遺障害の認定
    自賠責保険は,原告の頚部の症状,膝関節の症状について,自賠法施行令2条後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の併合14級に該当するものと認めた。
 (五)損害の填補
  (1)被告らは,上記(三)(1)ないし(4)の治療費及び施術費のうち,本件事故時から平成9年1月29日までに要した合計62万3340円については,原告又は病院等に支払済みである。
  (2)被告らは,上記金額のほかに,原告に対し,損害の填補として,138万2885円を支払っている。
 2 原告の主張(原告の請求原因)
 (一)本件事故の態様
    原告自転車は,道路の左側端を走行し,被告車の後端部に差し掛かったところ,被告車が横断歩道手前の停止線付近に急停止し,警告表示をすることなく,左後部ドアを突然全開させたため,原告は衝突を回避すべく急制動をかけたが間に合わず,開き切る直前の被告車の左後部ドアに衝突した。上記衝突により,原告の身体は前方につんのめり,ドアのエッヂ部で全体重を支える形で首を打ち付け,そのまま首を支点として宙吊りの形でエッヂを滑り落ち,さらに路面上に倒れた原告自転車の上に全身が投げ出された。
 (二)原告の平成9年1月30日からの通院等
    原告は,平成9年1月30日以降も,以下の各病院,整骨院及び整体院に通院したほか,**というスポーツクラブ(以下「スポーツクラブ」という。)等にも通ったが,上記通院等は,治療及び施術を受けるためとリハビリ目的によるものであり,いずれも本件事故との間に相当因果関係がある。
  (1)E整骨院
     平成9年2月から平成10年7月7日ころまで
  (2)××会病院
     平成9年2月15日から平成9年3月17日まで
  (3)F病院
     平成9年3月28日から平成11年11月8日まで
  (4)G診療所
     平成9年4月18日及び平成10年5月7日(治療費MR代)
  (5)H整体院
     平成10年7月ころから平成12年5月22日ころまで
  (6)△△(シンガポール所在の病院)
     平成11年9月28日から平成11年10月7日ころまで
  (7)I病院(シンガポール所在の病院)
     平成11年9月27日から平成11年9月30日ころまで
  (8)スポーツクラブ
     平成9年10月から
 (三)後遺障害
  (1)原告が受けた後遺障害は,平成10年5月ころに,①頚部の運動障害(頚部の中間位での項頚部諸筋の筋緊張と下位頚椎の棘突起部圧痛,後屈位での肩甲間部疼痛,側屈・前屈位での伸張筋群の疼痛,回旋時の胸鎖乳突筋疼痛,頚部の可動域制限),②両上肢,体幹,下肢の知覚障害,③複合局所疼痛症候群(以下「CRPS」という。)による筋萎縮とその進行に伴う運動的疼痛の増悪,めまい,吐き気,動悸等の不定愁訴,④膝,股部の運動制限(両膝内外側の圧痛,膝蓋骨大腿関節外側の圧痛,股関節部の圧痛,上記圧痛に伴う膝・股関節可動域制限)の各症状を残して固定した。原告に残存した後遺障害は,前記1(四)の自賠責保険における後遺障害認定(併合14級)のほかに,①の頚部の運動障害については,等級表12級6号の「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」に,そして,②の両上肢,体幹,下肢の知覚障害,③のCRPSによる筋萎縮とその進行に伴う運動的疼痛の増悪,めまい,吐き気,動悸等の不定愁訴などの頚部脊髄症状は,同9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に,また,④の膝,股部の運動制限は,同8級2号の「脊柱に運動制限を残すもの」に,それぞれ該当し,これらを併合すると,同7級の後遺障害に該当する。
  (2)上記後遺障害の実態に照らすと,自賠責保険が原告の後遺障害として同14級10号を認めた判断は誤りである。
 (四)原告の損害
  (1)治療費等及び通院費            359万3423円
    ① 原告は,本件事故による傷害を治療するために,平成9年1月1日から平成12年5月末日まで,上記の病院,整骨院及び整体院に通院したほか,スポーツクラブにも通ったが,未払となっている上記病院等の治療費等及び通院費の合計は,262万4423円である。
     (内訳)
     ア 平成9年1月1日から同年12月31日まで
       (平成9年1月1日から同月29日までの治療費等を除く)
                   51万8218円
     イ 平成10年1月1日から同年12月31日まで
                   66万7129円
     ウ 平成11年1月1日から同年7月31日まで
                   56万8560円
     エ 平成11年8月1日から平成12年5月31日まで
                   87万0516円
     オ 計          262万4423円
    ② また,平成12年6月1日から平成13年5月末日まで支出することが予測される治療費等及び通院費は,96万9000円である。
    ③ ①と②の合計は,359万3423円である。
  (2)薬局代            5万6200円
  (3)サポーター代         5万1602円
  (4)休業損害
    ① 減給分(平成7年9月14日から平成9年3月末日まで)
                   28万3033円
      原告は,平成7年9月14日から平成9年3月末日までJ株式会社(東京支店)に会社員として勤務していたが,本件事故により通院治療して101日間欠勤したため,付加給28万3033円を減給された。
    ② 休業損害(平成9年4月1日から平成13年5月末日まで)
                 1414万8550円
      原告は,本件事故当時(31歳),上記会社から事故直前3か月の平均給与月額として28万2971円の収入を得ていた。しかるに,原告は,本件事故により,上記のとおり通院したことから,平成9年3月31日に退職することを余儀なくされ,退職後も通院治療・施術を受けたほか,リハビリを続けたため就職できない状況にある。そして,症状固定した平成10年5月ころを経過した後も,治療・リハビリを続ける必要があることや就職難の雇用状況からすると,少なくとも平成13年5月末日ころまでは,稼働できない状態が続くものと考えられる。
      上記観点から,平成9年4月1日から平成13年5月末日ころまでの50か月の休業損害を算出すると,1414万8550円となる。
         28万2971円×50か月=1414万8550円
  (5)逸失利益        1472万8572円
     原告は,本件事故当時,会社員として月額28万2971円の収入を得ていたが,上記のとおり,等級表7級相当の後遺障害が残存し,同後遺障害により労働能力を本件事故の発生後6年を経過した平成13年6月1日(休業損害の終期の翌日)から15年間にわたり56パーセント喪失したのであるから,年5分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の現価を求めると,1472万8572円となる。
         28万2971円×12×(12.8211-5.0756)
        ×0.56=1472万8572円
  (6)通院慰謝料        265万0000円
     原告は,本件事故により病院等に通院して治療等を受け,症状固定(平成10年5月ころ)後からも平成13年5月末日ころまで,治療及びリハビリ等を継続していく必要がある。同事情によれば,通院慰謝料として265万円が相当である。
  (7)後遺障害慰謝料      930万0000円
  (8)小計          4481万1380円
  (9)弁護士費用        447万0000円
  (10)損害合計       4928万1380円
  (11)よって,原告は,被告らに対し,連帯して,民法709条,民法715条,自賠法3条に基づき,損害賠償金4928万1380円のうち4917万3578円及びこれに対する本件事故日である平成7年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 3 被告らの主張(被告らの答弁)
 (一)本件事故の態様について
    原告の主張する衝突態様は,否認する。
  (1)被告車は,急停止したものではないし,ドアを開放する前には,ハザードランプを点滅させていた。ドアは全開放ではなく,半開放(車体に対してドアがおよそ45度の角度で開いた状態)であった。
  (2)衝突時における原告自転車の速度は人がゆっくりと歩く程度であったこと,また,原告自転車は前方2メートル進行した地点で停止する予定であり,原告は足を地面に着けるなどして停止に備えた体勢に入っていたこと,さらに,原告自転車は前カゴが凹損し,前輪が歪んだ程度であり損傷の程度は少なく,他方,被告車も修理を行っていないことからすると,衝突による衝撃は極めて軽微である。
  (3)原告は,原告自転車を跨ぐ体勢で自転車と一緒に転倒していた。原告は,エッヂ部分で首を支点として宙吊りをしたと主張するが,診断書には原告の主張を裏付けるような「頚部擦過傷」ないし「頚部挫傷」の記載はない。
 (二)原告の平成9年1月30日からの通院等について
    症状固定日(平成9年9月3日)までの××会病院,F病院及びG診療所への通院は認めるが,その余の通院及びリハビリは否認する。
 (三)後遺障害について
  (1)原告の後遺障害が,自賠責保険において,頚部の症状,膝関節の症状について等級表14級10号と認定されたことは認めるが,その余の後遺障害については否認する。本件事故の態様及びその後の原告の言動に照らすと,本件事故により原告の主張するような重篤な傷害を負うことは措信し難く,原告の同7級に相当する後遺障害と本件事故との間には因果関係はない。
  (2)原告の症状の経緯をみると,症状固定日は平成9年9月3日ころと考えられる。
 (四)原告の損害について
  (1)治療費等及び通院費は,症状固定日(平成9年9月3日)までの限度で認めるが,その余は否認する。症状固定日後の治療費等及び通院費は,本件事故と相当因果関係にある損害とはいえない。
  (2)薬局代及びサポーター代は,認める。
  (3)休業損害のうち,減給分については認めるが,休業損害(平成9年4月1日からの平成13年5月末日まで)は否認する。
    ① 退職後の休業損害につき,本件事故前の給与の平均額を基礎収入とすることは争う。
    ② 原告は,本件事故後に職場に復帰し,業務形態を変えて就労しているのであり,また,本件事故から退職するまでに約1年5か月の期間が経過している。同事情に照らすと,原告の退職を直ちに本件事故によるものと評価することは相当ではない。
  (4)逸失利益は,否認する。原告の後遺障害は等級表14級にすぎない。原告の主張する逸失利益の算定の根拠となる後遺障害等級,労働能力喪失率及び額は争う。
  (5)通院慰謝料は,否認する。通院慰謝料の算定の根拠となる通院期間及び額を争う。症状固定後の通院期間は,通院慰謝料算定の基礎として相当でない。
  (6)後遺障害慰謝料は,否認する。後遺障害慰謝料の算定の根拠となる後遺障害等級及び額を争う。
  (7)弁護士費用は,不知。
 4 被告らの抗弁
 (一)既払
    被告らは,損害の填補として,原告に対し138万2885円を支払った(被告会社の契約自賠責保険を含む)。
 (二)心因的要因による素因減額
    仮に,本件事故と原告の後遺障害との間に相当因果関係が認められるとしても,同後遺障害は,原告の本件事故前からの心因的な素因が寄与していることは明らかである。すなわち,本件事故の態様,原告の症状に他覚所見がないことからすれば,仮に,後遺障害との間に因果関係が認められたとしても,その治癒までに要する期間はいかに長く見積もったとしても1年を超えることは考えられない。しかるに,原告は,約7年間の長期間にわたり通院しているのであり,また,首,肩及び膝などの可動域に関する原告の供述は,物理的な限界以前の心因的な反応を窺わせる内容となっている。さらに,原告の自賠責保険の後遺障害認定手続における異議申立ての回数,陳述書の内容,鑑定人Kの鑑定書などを総合的に検討すれば,原告が主張する症状は,原告の心因的素因が寄与しているから,民法722条2項類推適用により大幅な(少なくとも5割)の素因減額がなされなければならない。
 5 抗弁に対する原告の答弁
   抗弁(一)は認めるが,同(二)は否認する。
第3 証拠関係
   本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりである。
第4 裁判所の判断
 1 本件事故の態様
 (一)当事者間に争いのない事実,証拠(甲1,2,11ないし13の5,原告本人供述)によれば,次の事実を認めることができる。
  (1)本件事故現場は,◇◇方面から◎◎方面に通じる片側4車線の道路(以下「本件道路」という。)の路側帯上であるが,本件事故現場から◎◎方面に向かい約6.1メートル先には横断歩道の端があり,本件事故現場の概況は,甲2の現場見取図のとおりである。
  (2)被告Aは,被告車を運転して本件道路の第1車線(歩道側)を走行し,本件事故現場に差し掛かったが,原告自転車が被告車の後端部に差し掛かった際,乗客を降車させるため車両停止線の手前に停車して,左後部ドアを開けた。上記ドアは,車体に対して約55度の角度で開いた状態であり,衝突地点は,車両通行帯最外側線から路側帯側に向かい約28センチメートル入り込んだ位置にある。
  (3)原告は,自転車を使用して取引先に文書等を配達する業務に従事中,本件事故現場に差し掛かったが,その際,本件道路の左側路側帯(幅1.3メートル)のうち,本件道路の左端の植え込みを基点として対面方向に向かい約1.02メートル離れた地点を◎◎方面に向けて,人がゆっくり歩くのと同じ速度で走行していた。原告は,進路前方の対面信号機が赤色表示であったことから減速し,被告車の左後端部に差し掛かったところ,被告車が左後部ドアを開けたため,被告車の左側のドアと原告自転車の前カゴ,前輪が衝突した。原告はその衝突地点から◎◎方面に向かい左斜め前方1.1メートルの路上に転倒した。
  (4)原告自転車の前カゴは本件事故により凹損したが,ハンドル・ブレーキは良の状態であった(甲2)。また,被告車の左後部ドアの外側には擦過痕があった(甲2)。
 (二)以上の認定事実によれば,本件は,原告が路側帯を走行していたところ,前方で停車した被告車が左後部ドアを開けたため,開いたドアの外側が原告自転車の前輪部,前カゴ等が衝突したことにより,原告は自転車とともに転倒した事故であると認めることができる。
 (三)もっとも,原告は,本件衝突により,原告の身体が前方につんのめり,ドアのエッヂ部で全体重を支える形で首を打ち付け,そのまま首を支点として宙吊りの形でエッヂを滑り落ち,さらに路面上に倒れた原告自転車の上に全身が投げ出された旨供述している(原告本人供述第2回)。しかし,B病院の診断書には,「自転車走行中,停車中のTAXIの扉が開いて転倒受傷す」旨の記載があり(甲35・9枚目),また,D病院のカルテには,「自転車運転中にタクシーのドアが開いた際に,ぶつかり,ドアで右側頭部を打撲,両膝を捻挫」との記載があるだけであり(甲36・2枚目),さらに,上記病院以外の通院先のカルテにも,「自転車走行中タクシーのドアが開いて」(甲37・4枚目),「自動車の扉の開放衝突」(甲38・3枚目),「自転車で転倒して両膝をひねった」(甲39・6枚目),「自転車で転倒,両膝蓋骨を打ちつける形となった(あまり肢位はおぼえていない)」(甲39・8枚目)との記載があるだけであって,原告が主張するような事故態様を裏付ける記載はない。仮に,原告の主張する事故態様であれば,原告に「頚部擦過傷」ないし「頚部挫傷」の受傷が生ずべきところ,原告が通院した各病院の診断書にはそのような診断もない。
    また,原告は,原告自転車のハンドルを右に切ったときに,前輪が被告車の左ドアの外側に衝突して,身体が右前方に投げ出された旨供述するが(原告本人供述第2回11ないし14頁),原告が前方に投げ出されるほどの衝撃であれば,当然,原告車のハンドル部分には曲損等が生じてしかるべきところ,かかる損傷は存在しない。そして,自動ドアが開放される場合,その開扉力はドアの固定部を支点として,進行してくる物体をその左前の方向に押し出す力として働くものと考えるのが合理的であるといえる。したがって,原告の身体が右前方に投げ出されたとする原告の主張する事故態様は納得し難いものがある。
    以上によれば,原告の供述は信用し難く,その他,原告の供述を認めるべき適切な証拠はない。したがって,原告の主張は認め難い。
 2 原告の症状及び治療経過について
 (一)証拠(甲3,4,6,7,8,24の3の4,24の3の5,26の5の2,35ないし39,43,48の2,乙15,原告本人供述)によれば,原告は,次の病院及び整骨院において,次のような診断治療及び施術を受けたことが認められる。
  (1)B病院における診断治療
     原告は,本件事故後,救急車でB病院に搬送され,「頚椎捻挫,右膝外側側副靭帯損傷,両膝・右下腿挫傷」の診断を受け(甲3,35),平成7年9月14日から平成7年10月6日まで6日間通院して,消炎,湿布,頚椎カラー固定装着等の治療を受け,内服薬が処方された。同病院の同年9月19日付診断書(甲3)には,上記病名が記載された上,「現時点において受傷日より3週間の安静加療を要する見込みである。」との所見が,また,同病院のカルテの同月26日欄には「両手全体がしびれる,両足全体がしびれる」との主訴に対して「神経学的に?」との所見が示されている(甲35・6枚目)。
  (2)D病院における診断治療
     原告は,平成7年10月7日,D病院において,「頚椎捻挫,両膝捻挫,右下腿打撲」の診断を受け(甲36・10枚目),同日から通勤の関係で転医する同年11月28日までの間,16日間通院して,頚椎牽引,ホットパック,湿布,内服薬等の治療を受けた。同病院のL医師は,同月9日付診断書において「今後約1か月間の通院加療を要する見込みである。」との所見を示し(同11枚目),また,同病院のM医師作成の紹介状(同12枚目)には,加療中に頚部腫脹を生じ,牽引等は中止していること,頚部にエコー検査をしたが異常はなかった旨が記載されている。
  (3)●●医院における診断治療
     原告は,上記D病院からの紹介を受け,平成7年11月29日,●●医院において診察を受け,「外傷性頚部症候群,両膝打撲・挫傷」と診断されて(甲37・7枚目,同19枚目),同日から平成8年12月18日まで,22日間通院して治療を受けた。原告の主訴は,頚部痛,両膝痛,左右膝の伸展時の脱力,膝外側の圧痛,左手のしびれ等であり(甲4,37・34枚目),同病院において平成8年1月17日に行われた頚椎MRI検査によれば,「C2~C5椎体に軽度の変形性変化が認められる。また,C2/3~C5/6levelの各椎間板にはsignal intensityの低下及び偏平化を伴うdegenerative changeが指摘される。これらによりC3~C5levelのspinal canal stenosisを生じている。」等の画像検査所見が示され(甲37・15枚目),また,同年10月24日に行われた膝関節部に対するMRI検査により,「右内側半月板のintensityがやや高い,両内側半月板の変形とintensityの増加,...共にグレードⅠ程度のtearを考えます。両側前後十字靭帯は正常です。bone bruiseない。」等の画像検査所見が示されている(同35枚目)。
     そして,同病院のN医師(以下「N医師」という。)は,平成8年11月27日付診断書において,上記傷病名の診断をし,「頚部痛持続している。なお,受傷後あった両膝痛の増強あり,10.24 MRI,この結果より,保存的加療を行うこととした。」との所見を示し(同29枚目),また,平成8年12月18日付診断書においても,「頚部痛の持続,両膝の疼痛等により対症的に加療」との所見を示している(同33枚目)。また,同医師は,平成9年5月29日付診断書においては,「診断名:頚部痛(頚椎椎間板症の疑い)...理学療法加療中とのことであるが,ひき続き理学療法を中心に加療を必要とする。」との診断をしている(甲43)。
  (4)E整骨院における施術
     原告は,平成8年6月22日から平成10年6月24日までの間,E整骨院において施術を受けたが,O作成の平成10年5月30日付の診断証明書(甲6)には,傷病名として「頚部捻挫,腰部捻挫,右膝部捻挫,左膝部捻挫」との整復師としての意見が記され,「頚椎の曲りにより頚部・背部の硬結強度の為,頚部回旋痛及び上腕の運動痛著しく,両膝の疼痛による歩行姿勢不良の為,平成8年9月頃より,腰部体動痛著明」との所見が示されている。
  (5)××会病院における診断治療
     原告は,平成9年2月15日,首,肩及び両膝の痛み等を訴え,××会病院を受診し,「頚椎捻挫,腰椎捻挫,両膝挫傷」の診断を受け,同日から平成9年3月17日まで通院したが,同病院のカルテ(甲38)には,「頚の可動性は正常,上下肢腱反射正常,SLR(下肢伸展挙上テスト)左±,左第6頚神経域に知覚鈍麻,筋力正常,膝関節MRI検査異常ない。」と記載されているほか(P作成の意見書・乙15の訳文を引用),同年2月15日に行われたMRIの検査結果として,「左胸鎖乳突筋部の腫脹,左C6のシビレ」の所見が,さらに,同年3月17日欄には,「右膝・左膝MRI変性あるもののrupture-」との所見が示されている(甲38・7枚目)。
  (6)F病院における診断治療
     原告は,両膝の関節痛により歩行,直立姿勢等が困難であることを訴え,平成9年3月28日,F病院において診察を受け,「両膝内障,頚椎捻挫,腰椎捻挫」の診断を受け,上記日から平成11年11月8日までの間通院し,消炎,湿布等の治療を受け,内服薬も処方された(甲39)。同病院のQ医師(以下「Q医師」という。)は,原告の症状について次のように診断している。すなわち,同医師は,「左膝内障」(平成9年7月16日付診断書・甲39・10枚目),「右膝内障」(同年8月13日付診断書・同14枚目),「外傷性膝関節炎,それに伴う拘縮」(同年9月3日付診断書・同15枚目),「頚部症候群」(平成10年4月22日付診断書・同17枚目,同年6月3日付診断書・甲7),「①両膝内障,②頚部症候群,③腰痛症」(同年7月30日付診断書・甲8,39・20枚目)と診断し,甲7の診断書には「C2/3の軽度すべり(xp),C3/4,C4/5の椎間板変性と後方への軽度突出(MRI)が認められる。この状況は今後変化ないと考えられる。...」との所見を,また,甲8の診断書においても,「xp上C2/3の軽度すべりが存在し,左前腕部しびれの原因となっている可能性がある。」との所見を示している。
  (7)G診療所における検査
     原告は,平成9年4月18日及び平成10年5月7日に,G診療所において,MRを受けている(甲24の3の4,24の3の5,26の5の2)。
 (二)原告は,上記認定の通院治療のほかに,次のような整体術及び治療を受けている。
  (1)H整体院における整体術
     原告は,平成9年7月ころから平成12年5月22日ころまで,H整体院において中国気功整体療法を受けた(甲26の7の2,26の7の3,26の8の1,26の9の1,26の9の2,26の10の1,26の12の1,26の12の2,28の1の1,28の2の1,28の2の2,28の3ないし12の各1,30の1ないし5の各1,48の1,48の2)。
  (2)△△及びI病院における治療
     原告は,シンガポールに旅行した際,平成11年9月27日から平成11年10月7日ころまで,△△及びI病院に通院した(甲28の9の6ないし8,28の10の2ないし4,46)。
 3 後遺障害の有無及び程度
 (一)後遺障害診断書の内容
    証拠(甲4,5,14,19)によれば,原告の後遺障害に関し,後遺障害診断書には,次のような事実が記載されている。
  (1)●●医院のN医師作成の平成8年12月18日付の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲4,以下「後遺障害診断書」という。)の精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「①頚椎xpでの右側弯+,②頚部筋の緊張,③左側の胸鎖乳突筋の腫れ,④右僧帽筋部の腫れ,⑤頚椎可動域制限,⑥同一面での前後屈が不可等」と記載され,また,運動障害欄には頚椎の可動域の数値が記載され,原告の症状は,平成8年12月18日に症状が固定した旨の所見が示されている。
  (2)次に,F病院のQ医師作成の平成9年9月3日付の後遺障害診断書(甲5)においては,傷病名として「外傷性膝関節症」,精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「両膝蓋骨下縁及び膝蓋下脂肪体の部分に圧痛がある。MRIにて靭帯,半月板などに損傷はないが,脂肪体の部分がhyper vascularになっており,炎症を疑わせる。現在膝の拘縮(とくに左)が軽度にある。」と記載され,原告の症状は,平成9年5月7日に症状が固定した旨の所見が示されている。
  (3)ところで,上記Q医師は,平成11年3月11日付の後遺障害診断書(甲14・4枚目,同5枚目)においては,傷病名として「両膝内障,頚椎捻挫,腰椎捻挫」,精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「①xpにおいて,異常はないが,MRIで左膝の炎症所見を認めた。②頚椎側面xpにて,C2/3の軽度すべりを認める。前後像で側弯+,MRIにて,C3/4,C4/5の椎間板変性と後方への軽度突出を認めた。③xp上の異常は認めず(腰椎),④僧帽筋腫脹,胸鎖乳突筋腫脹」と記載し,脊柱の障害欄には「頚椎にすべり,椎間板変性をみとめる以外の異常はない」,運動障害欄には,頚椎部につき,「痛みのため運動制限+」と付記の上,頚椎の可動域の数値が記載されている。また,関節機能障害欄にも,膝の可動域の数値が記載されている。そして,原告の症状は,平成11年3月11日に症状が固定したものと判断し,前記(2)の症状固定日についての判断を変更している。
  (4)一方,同病院のR医師は,平成11年5月26日付の後遺障害診断書(甲14・6枚目)においては,傷病名として「両外傷性膝関節症,外傷性頚部症候群」,精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「①xp上,膝の炎症所見...,②頚椎椎間板(C3/4/5)の突出あり,頚部,両下肢の疼痛,可動域制限の原因となっていると考える。頚部の筋萎縮がある。左大腿筋萎縮あり,1cmの左右周径差がある。」と記載し,運動障害欄には,頚椎部につき可動域の数値が,関節機能障害欄にも,膝の可動域の数値が記載されている。そして,障害内容の増悪・緩解の見通し欄には,「めまい,頚部,両下腿~膝痛は残存するものと診断する。」との所見が示され,原告の症状は,平成11年5月26日に症状が固定したと判断している。
  (5)原告は,その後もF病院に通院を続け,Q医師作成の平成11年11月15日付の後遺障害診断書(甲19)においては,傷病名として「両外傷性膝関節症,外傷性頚部症候群,腰痛」,精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「頚椎C2~C6の変形による運動制限を認める。C4/5の椎弓根部に骨棘の形成がみとめられる。MRIにて頚椎の骨棘,黄色靭帯の肥厚がみとめられ,脊柱管の狭小化が認められる(老化の促進がみられる)。頚,肩筋肉の萎縮のため可動域制限(肩)が存在する。MRIにて両膝蓋大腿関節の関節症をみとめる。大腿四頭筋の損傷がうかがわれる。左大腿(大腿四頭筋)周径1.5cmの萎縮」と記載されている。そして,障害内容の増悪・緩解の見通し欄には,「現在はリハビリ,投薬治療のため就労難」との所見が示されているが,症状固定日の欄は空白となっている。
 (二)自賠責保険の認定
  (1)自賠責保険は,原告の後遺障害等級について,平成9年3月3日付で,頚部痛等の神経症状について等級表14級10号,両膝の疼痛等の神経症状については非該当とする旨を回答したため(乙3の3),原告は,上記回答を不満とし,上記後遺症認定等級に対する1度目の異議申立てを行った。
  (2)しかし,自賠責保険は,平成9年5月21日付で既認定のとおりの回答をしたことから(乙3の1),原告は,両膝の神経症状に関する判断を不満として,同年5月30日付で2度目の異議申立てを行った(乙4の1)。
  (3)しかるに,自賠責保険は,同年6月17日付で既認定のとおりとする回答をしたため(乙4の2),原告は,同年9月5日付で3度目の異議申立てをしたところ(乙5の1),同年9月24日付で頚部痛等の神経症状について同14級10号,両膝の疼痛等の神経症状も同14級10号に各該当し,併合14級に該当する旨認定が変更された(乙1,5の2)。
  (4)しかしながら,原告は,上記認定にも不満があったことから,平成11年6月15日付(甲14)で,再び4度目の異議の申立てを行った。上記異議申立の理由は,「平成11年3月11日付及び同年5月26日付の後遺障害診断書によれば,原告には,①頚椎椎間板の変性,頚椎の運動障害,頚部の筋萎縮,②膝の炎症所見,膝痛等が残存しており,後遺障害は,11級7号及び12級7号に該当する。」とするものである。
  (5)これに対し,自賠責保険は,上記原告からの異議の申立てに対し,平成11年7月19日付の通知書で,「既認定のとおり併合14級」と判断し(甲15),異議申立てを却下する旨回答した。上記自賠責保険の回答は,次のとおりである。すなわち,
    ① 頚部後遺障害として等級表11級7号(脊柱に変形を残すもの)を主張しているが,脊柱に変形を残すものとしては,画像上明らかな脊柱圧迫骨折又は脱臼が認められるような場合について適用され,本件のような,椎間板の変性等については,脊柱に変形を残すものとして評価できない。したがって,頚部痛等の神経症状については同14級10号を適用するものと判断する。
    ② 膝の後遺障害として同12級7号を主張しているが,同12級7号を適用するには,関節の運動可能領域が健側の3/4以下に制限された場合であることを要するところ,提出された医証からは3/4以下に制限されたものとは捉えられないことから,後遺障害としては評価できない。したがって,前回通り両膝の疼痛等の神経症状として各々同14級10号を適用するものと判断する。
    ③ 上記①,②より併合14級と判断する。
     とするものである。
 (三)鑑定意見
  (1)本件においては,原告に残存した後遺障害の有無・程度の判断につき争いがあり,原告はS鑑定を,他方,被告らはK鑑定をそれぞれ援用しているから,以下,S鑑定とK鑑定の信用性について検討する。
  (2)S鑑定
     鑑定人Sは,鑑定書,回答欄,回答書(書面尋問事項に対する回答)及び尋問に対する回答の4通の書面を提出して,鑑定意見を述べている(以下,同人の意見を総称して「S鑑定」という。)。
    ① S鑑定は,鑑定書及び回答欄(甲20)において,「頚部脊髄症状については後遺障害等級表9級10号に相当する障害が,上肢関節(右肩)については同12級6号に相当する障害が,また,脊柱の運動障害は同8級2号に相当する障害があり,これらを総合すると同第7級に相当する。」との鑑定意見を述べたが,その後の回答書において,「頚部脊髄障害が同9級10号に,頚部神経根不全損傷はのちの頚部CRPSを誘因して同8級2号に,他方,膝関節損傷は,CRPSを誘因したものであり,後遺障害は存在しない,また,肩関節損傷は,同12級6号に該当するか否か微妙(後遺障害等級認定の実務によれば,同12級6号に該当しない)。」というように鑑定意見は変更されている。このように,S鑑定は原告に残存する後遺障害の程度につき結論が異なるが,上記4通の鑑定意見を総合すると,原告の後遺障害としては,「頚部脊髄障害が同9級10号に,頚部CRPSを誘因しての頚部神経根不全損傷は同8級2号に該当する。」との意見を述べているものと理解することができる。
    ② S鑑定の鑑定意見の要旨は,次のようなものである。
     ア 複合局所疼痛症候群(CRPS)について
       本件は,上肢,下肢において,CRPSのⅠ型(旧概念RSD:反射性交感神経性萎縮症)を経過した慢性疼痛の遺残であると考えられる。頚部,膝部ともに受傷半年頃に著明な腫脹を呈した記載があり,慢性期の疼痛は,筋萎縮に伴う四肢体幹の運動障害及び筋萎縮の起止停止部における炎症性ないし運動時の疼痛が主体となっている。原告の疼痛は,多発神経根症状(神経の不完全損傷)と膝損傷(神経損傷を伴わないもの)の双方が存在している。CRPSは,明確な外傷性所見は認められないが,英文原著(Pain Reviews)に挙げられている診断基準の4つをすべて充足しているが,灼熱痛の訴えはあり,軽度の痛覚過敏を伴うが,アロディニアは確認できない。
     イ 上肢(肩)について
       原告には,上肢関節(右肩)の機能障害(外転80度)が存在する(鑑定書)ものの,後遺障害等級認定の実務に従うと,上記障害は同12級6号に該当しない。
     ウ 脊柱の運動制限について
       原告には,脊柱の強直または硬縮性があり,可動域はほぼ1/2に制限されている。確かに,原告の脊椎には「強直」(骨性)はない。しかし,項頚部には「背部軟部組織の器質的変化」を有しており,器質的変化の内容は「筋硬縮」であり,筋硬縮は医学的には明らかに器質的変化である。本件は単なる疼痛のために運動障害を残すもの(疼痛性筋緊張性機能障害)とは異なり,器質的変化であって,同8級2号に該当する。
     エ 頚部の脊髄症状について
       原告には,C3/4(4/5)のヘルニアを疑わせる所見が,受傷直後にみられ,半年以降退縮をみることにより,受傷時に発生した可能性も否定できない。当初,脊髄障害を生じたが,徐々に改善し,現在においても,なお軽微ながら,両上肢,体幹,下肢に知覚障害を残している。実態は広範(上下肢,体幹におよぶ)であるが,知覚異常が中心で機能的影響は軽く,同9級10号に該当する。
     以上のように,要約できる。
  (3)K鑑定
    ① 鑑定人Kは,鑑定結果を鑑定書として提出しているが(以下,同人の意見を総称して「K鑑定」という。),鑑定意見として,「①事故に起因する原告の傷病名は,頚椎捻挫,両膝右下腿打撲擦過傷,右膝外側側副靭帯損傷であり,②後遺症として,頚椎の運動障害,頚部神経症状,両膝の機能障害を認める。さらに,心因反応の強いことから外傷性神経症と診断される。後遺障害の程度として,外傷性頚部症候群における障害は局部に神経症状を残すものと判断され,また,下肢の障害は膝関節において機能に障害を残すものと判断される。」と結論づけている。
    ② 原告の傷病に関するK鑑定を要約すると,以下のとおりである。すなわち,
     ア 頚椎については,「事故直後から頚部の痛みを訴えており,カラー固定が有効であったことから,頚椎に相当な外力が加わり,正常な可動域を越える運動が強制された可能性がある。ただし受傷日に受診したB病院の病歴には明らかな脊髄,神経障害があるとは記載されていない。...頚部痛,上肢のしびれ,頚椎の運動制限に対して神経学的な検査を行い,腱反射の異常はなくまた病的反射も認めないと記録している。...頚椎単純X線撮影で第5/6頚椎間に変形性変化を認めるが,他には特に異常所見を認めない。また,...頚椎の動態撮影では頚椎の異常可動性,すべりなどの不安定性も認めない。...●●医院...の診察で上肢のしびれ,頚部に筋緊張を認めたが,徒手筋力テスト,腱反射での異常は認めないとの記載がある。...頚椎の単純X線検査を行っているが,第4/5,5/6椎間に軽度の変形性変化を認めるが,不安定性など他に異常所見を認めない。また,...MRI検査を行っているが,頚椎椎間板(第2頚椎から第6頚椎)の軽度変性性変化を認め,第3/4,4/5椎間の椎間板は後方に膨隆している。これらにより第3/4,4/5椎間は脊柱管が狭窄の状態にある。頚髄に異常所見は認められていない。頚椎,椎間板の軽度変形性変化は32歳という年齢を考慮すると元々の変形性変化である可能性が高く,今回の事故後に変形性変化が生じたとは考えにくい。...F病院を受診しているが,X線写真では頚椎の生理的前彎が減少し,第2頚椎の軽度前方すべりがあるとの記載がある。...MRI検査で頚椎(C3/4/5)の変形性変化があり,椎間板が後方へ膨隆している。特に第4/5頚椎の椎間では脊髄が圧迫され変形している所見がある。...Q医師作成の平成10年7月30日付診断書(甲8)及びU医師作成の平成11年10月13日付診断書(甲17)には,『C2/3の軽度のすべりが存在し左前腕部のしびれの原因となっている可能性がある』との記述があるが,医学的にはこの可能性はきわめて少なく,むしろ第4/5頚椎の椎間で脊髄が圧迫され変形しているので,これにより左前腕のしびれが生じているものと解釈される。...明らかな脊椎骨折や,脊髄障害の記載はない。」旨の鑑定意見を示している。
     イ 両膝については,「受傷時にB病院を受診し,両膝と右下腿の擦過傷に対して処置を受けており,受傷機転から同部への打撲があったと考えられる。また,転倒の際に膝関節をひねる外力が働けば膝靭帯の損傷が生じる可能性がある。同病院における平成7年9月19日の受診時に両側膝関節の痛みを訴え,右膝の内反ストレスにて痛みがあり,外側側副靭帯損傷第1度(もしくは第2度)と診断され,支柱付きのサポーターをしている。●●医院における単純X線写真では,膝蓋大腿関節の軽度変形性変化を認める以外に異常所見はなく,また,MRI検査での異常所見もない。同医院は両膝挫傷と診断している。骨折,膝周囲靭帯の完全な断裂,半月板損傷は否定的である。」旨の鑑定意見を述べている。
     ウ そして,「上記ア及びイを総合して,原告に傷病名は,頚椎捻挫,両膝右下腿打撲擦過傷,右膝外側側副靭帯損傷である。」と結論づけている。
    ③ 原告の後遺障害に関するK鑑定を要約すると,以下のとおりである。すなわち,
     ア RSD
       RSDの診断基準として,必須の診断項目として「浮腫,皮膚血流量の変化,発汗異常が痛みのある部分に存在すること」の要件が必要であるが,原告の発汗異常は手や足であり,もっとも痛む部位,機能障害のある部位とは異なっているから,上記要件に当てはまらない。したがって,現時点での判断では,交感神経の機能異常は認めるが,明らかなRSDとは判定できない。
     イ 脊柱の運動障害
       頚椎に対するX線検査による動態撮影では,頚椎部の可動域を越えて動いており,頚椎の運動障害は認めるが,可動範囲であるかは判定できない。
     ウ 脊髄損傷
       四肢の麻痺は認めない。ピンプリックテストによれば,顔面,頭部も左半分,頚部から上肢,体幹,下肢に至るまで7/10から9/10程度の痛覚鈍麻が存在するが,脊髄損傷ではありえない所見である。よって,脊髄損傷はない。
     エ 頚部神経症状
       頚部の痛みが常に存在し,両側の僧帽筋の緊張が強い。明らかな神経根症状は認めない。
     オ 肩関節の機能障害
       肩関節の機能障害を有すると判断されるが,受傷時には記載のない障害部位であり,本件事故に起因する可能性は低い。
     カ 両膝の神経症状
       膝周囲における末梢性の神経障害はないと考える。
     キ 両膝の関節機能障害
       理学所見からは不安定性なしと判断できる。しかし,常に支柱付きのサポーターを片側に2個づつ装着している。片側に2個のサポーターを装着しないと,膝がガクガクして不安定であるとの訴えがある。歩行は,ゆっくりで約10分から15分が限度である。正座,胡座が不可能,移動動作が緩慢で痛みを伴うことから,両側膝の機能障害を認める。
     ク 脊柱及びその他体幹骨の障害
       原告の頚椎に正常可動範囲に1/2以上の制限を有しているかは判断が困難であり,また,脊椎骨や背部軟部組織に明らかな器質的変化を確認できない。事故による脊椎の画像的変化を認めない。したがって,脊柱に運動障害を残すものとは判断できない。
    ④ K鑑定の結論
      以上のことから,K鑑定は,本件事故に起因する後遺症として,頚椎の運動障害,頚部神経症状,両膝の機能障害を認め,「外傷性頚部症候群は,『局部に神経症状を残すもの』に該当し,一方,下肢の障害は,膝の不安定性を訴え,常時,装具(硬性装具ではないもの)を装着している点を考慮して,『機能に障害を残すもの』程度と判断される。」としている。
 (四)各鑑定の検討
  (1)各鑑定意見の合理性を考慮するには,原告の受傷時及び通院した病院での主訴,MRI・レントゲン写真等の画像や神経学的所見等から,原告の症状や残存している後遺障害を無理なく説明し得るか否か,後遺障害の認定実務に沿った等級の認定が行われているか否かが重要であると解されるのであり,上記観点からすると,当裁判所は,以下に述べる理由により,K鑑定の方が信用性が高いと考える。
  (2)K鑑定の合理性・信用性
     K鑑定は,原告の傷病及び原告に残存している各後遺障害につき,鑑定資料を検討したほか,ピンプリックテスト,伸展挙上テスト,圧迫試験など各検査等を行った上で,鑑定意見を述べているものであり,その鑑定内容は合理的かつ説得的であり,また,後遺障害の認定実務に沿った等級の認定が行われているから,その信用性は高いものと考える。
  (3)S鑑定の問題点
     S鑑定には,次のような問題点があるから,その信用性を認め難い。
    ① CRPS(RSD)についての検討
     (S鑑定は原告の症状を「CRPS」の概念を検討しているが,K鑑定は「RSD」の概念で検討している。当裁判所は,以下のとおり,CRPSとRSDを同義語と理解しているから,以下,「RSD」と統一して使用する。)
     ア 証拠(甲33,34,51,乙7ないし9,15,29ないし31)によると,RSDの意義,その症状,病期及び診断基準につき,次のとおり認められる。すなわち,
      Ⅰ RSDとは,異常な交感神経反射を基盤とする疾患の総称であり,灼熱痛で代表される疼痛,著しい腫脹,関節拘縮及び皮膚の変色などの4主徴を有する疾患であるが,このRSDのなかには,交感神経ブロックを行っても全く無効である症例があり,交感神経が関与していない痛みが存在することから,RSDの呼び名に問題が生じた。そこで,世界疼痛学会は,1996年にこれらの類似した症状を呈する疾患をCRPS(神経損傷や骨,筋肉組織の損傷によって引き起こされる知覚神経,運動神経及び自律神経・免疫系の病的変化によって発症する慢性疼痛症候群)と呼ぶことを提唱し,さらに,CRPSを2つのタイプに分け,神経損傷のない従来のRSDをタイプⅠ,神経損傷と関係したカウザルギーをタイプⅡと分類した。しかし,本疾患のほとんどがその発症に異常な交感神経反射が関与していること,整形外科領域ではRSDという名称が一般的であることから,平成12年5月の外科学会においても,RSDという診断名を使用していく方がよいとの結論が得られたこともあり,CRPSとRSDを同義語として,交感神経の関与していないものも含めてRSDと呼ぶものとされている。
      Ⅱ 症状の特徴は,本来の外傷や疾病からは予想できないほど強い症状を呈することであり,4主徴としては,疼痛,腫脹,関節拘縮及び皮膚変色が挙げられるほか,末梢循環の不全,発汗異常,皮膚温の変動,骨萎縮,皮膚の栄養障害などがみられ,なかでも疼痛は特徴的でアロディニアと呼ばれ触っただけでも強い痛みとして感じるほどであるとされる。
      Ⅲ 典型的なRSDの症状は,3つの病期に分けられるものとされ,その特徴は,以下のとおりである(乙31)。
       a 急性期(最初の3か月まで)の主な症状は,灼熱痛であり,腫脹は軟らかく,運動制限は徐々に悪化し,皮膚は赤色を呈し,皮膚温も上昇し,発汗の亢進もある。そして,骨萎縮は3週間目から出現し,徐々に増強していく。
       b 亜急性期(3ないし9か月)においては,痛みはこの時期の後半はさらに強くなる。腫脹は硬性浮腫となり,自動運動の減少により関節拘縮はさらに増強し,後半には皮膚は蒼白となり,乾燥し萎縮し始める。骨萎縮は著明となり均一化してくる。
       c 慢性期(9か月ないし2年以上)においては,痛みは徐々に減少するが持続する,腫脹は消え,関節周囲の肥厚が残る。皮膚萎縮が強くなり,光沢のある外観と鉛筆の先端状の指尖となる。皮膚は蒼白となり,乾燥する。関節拘縮は完成し,骨萎縮は患肢全体に及ぶ。
      Ⅳ 世界疼痛学会は,痛み治療を専門とする臨床科医の合意で決めた診断基準を設けているが,その基準として,「①外傷などの侵害刺激やギプス固定などの動かさない時期があったこと(CRPS・タイプⅠ),または,四肢の比較的大きな神経損傷があったこと(CRPS・タイプⅡ),②原因となる刺激から判断して不釣り合いなほど強い持続痛,アロディニアあるいは疼痛過敏現象があること,③病期のいずれかの時期において疼痛部位に浮腫,皮膚血流の変化,あるいは発汗の異常のいずれかがあること,④もし,上記の症状が他の理由で説明ができる場合には,この疾患名は当てはまらない。②から④の診断基準が必須である。」が挙げられる(乙29)。そして,CRPSの診断は上記診断基準を満たすかどうかによってなされるものとされている。
     イ そこで,上記の観点から,本件を検討するに,S鑑定は,原告がRSDに罹患している旨の鑑定をしているのであるが,上記のRSDの症状等に関する医学的見解と原告の症状を検討したとき,原告がRSDに罹患していることを認めることは難しい。すなわち,
      Ⅰ RSDには病期があり,病期に応じて症状が特徴的な変化をしつつ重症化していくという経過を辿るが,カルテの記載内容によれば,原告にはこのような症状の変遷が認められない。
      Ⅱ 原告には,アロディニア及び骨萎縮の症状を欠いている。したがって,この症状を欠く場合にRSDと診断することはできない。
      Ⅲ 通院した病院のカルテには,原告が「やけるような」,「切り裂かれるような」,「うずくような」,「ジンジンする」,「ズンズンする」,「ひりひりする」と表現されるところの灼熱痛を訴えた記載はない。
      Ⅳ RSDについて一般的に認められる世界疼痛学会の診断基準に照らすと,原告はRSDに罹患しているとはいえない。すなわち,上記診断基準によれば,病期のいずれかの時期において疼痛部位に浮腫,皮膚血流の変化あるいは発汗の異常のいずれかがあることが必要であるとされているが,本件においては,原告の発汗異常は手や足であり,もっとも痛む部位と異なっている。
       このように,本件では,RSDに罹患していることを認める要件が欠けている。
     ウ ところで,上記世界疼痛学会の診断基準のほかに,RSDの診断について,ギボンズらのRSDスコアがある(乙31)。これによれば,①触覚過敏・痛覚過敏,②灼熱痛,③浮腫,④皮膚色調・体毛の変化,⑤発汗異常,⑥皮膚温変化,⑦X線所見での骨脱灰像,⑧血管運動障害・発汗機能障害の定量的検査,⑨骨シンチグラフィー,⑩交感神経ブロックの効果が挙げられ,「合計点が,5点以上はRSDの可能性が高い,3ないし4.5点はRSDの可能性あり,3点未満はRSDではないと評価される。」とされている。K鑑定は,その鑑定意見の中において,ギボンズらのRSDスコアに触れ,「本件において,交感神経ブロックの効果を確認していないことを前提に,スコアをつけると,3.5点となり,RSDの可能性がありうる。」との意見を述べている。しかし,RSDの後遺障害に該当する見込みとしては,本人の自覚症状のみでは足りず,血管運動障害の定量的検査,骨シンチグラフィー,交感神経ブロックの効果等の他覚的ないし客観的な検査の結果,陽性であることが必須であるところ,本件においては,検査項目のうち陽性とされるものは疼痛を中心とした自覚的症状にすぎず,X線所見での骨脱灰像はないとの鑑定結果がある。そうすると,本件の3.5点をもってRSDの可能性がありうるとは認め難いというべきである。
     エ また,後遺障害は,受傷内容,症状等から治療の必要性を判断し,症状固定後に残存する症状,就労への影響,余後等から判断され,その際,診断名が重要な指針となるのが通常であるが,本件において,原告を診察した医師のうち,原告の傷病がRSDであると診断したものは,S鑑定人以外は存在しない。
     オ 以上によれば,原告の症状をRSDに基づくものとは認め難い。
    ② 脊柱の運動障害(等級表8級2号)についての検討
      S鑑定は,「原告には脊柱に運動障害を残すものがあり,この後遺症は等級表8級2号に該当する。」とするが,自賠責保険の後遺障害認定実務(乙13)によれば,同8級2号に該当するためには,「次の器質的変化に基づく原因により,脊柱の運動可能領域が正常可動域のほぼ2分の1程度にまで制限された」ことが必要であり,その器質的変化として,「①レントゲン写真上明らかな脊椎圧迫骨折又は脱臼,②脊椎固定術等に基づく脊柱の強直,又は背部軟部組織の明らかな器質的変化」が挙げられる。そして,可動域制限の原因としての,「背部軟部組織の明らかな器質的変化」とは,「背部の筋,腱,靭帯等の広範な欠損又は挫滅をいうもの」とされている。しかるに,本件においては,原告には,筋肉の欠損も挫滅も認められないから,上記基準には該当しない。
      ところで,S鑑定は,回答書の別紙において,「脊柱について,鑑定人の考えでは,可動域制限の原因が『背部軟部組織の器質的変化』によるものか否かではなく(器質的変化とすべき),むしろ可動域制限の値が判定基準(8級の『ほぼ1/2程度まで制限』)に合致するか否かで議論されるべき点(...)と考えます。」と意見を示しているが,その文脈からすると,可動域制限の値を重視していることが窺える。そうすると,同鑑定は,可動域制限の原因と可動域制限の値の2つの要件を充たすことが必要とされる自賠責保険の実務とは異なる判断をしているものといわざるを得ない。
      さらに,可動域制限の値は,原告の申告によるところが大きいところ,K鑑定では,原告においては,X線検査による動態撮影では,可動域を越えて動いている旨の鑑定意見を述べていることを考慮すると,原告の申告を直ちに信用することは難しいというべきである。したがって,脊柱の運動障害(同8級2号)は認め難い。
    ③ 脊髄損傷(等級表9級10号)についての検討
      S鑑定は,「原告には脊髄損傷の後遺障害があり,この後遺症は等級表9級10号に該当する。」とするが,自賠責保険の後遺障害認定実務(乙11)によれば,同9級10号に該当するためには,「明らかな脊髄症状」が残存することが必要であるところ,本件においては,脊髄損傷を裏付けるような他覚所見は認められない。また,K鑑定においては,ピンプリックテストを行った結果,脊髄損傷ではありえない痛覚鈍麻を訴えており,脊髄損傷はないとの鑑定意見を述べている。したがって,脊髄損傷(同9級10号)は認め難い。
    ④ 肩関節の機能障害(等級表12級6号)についての検討
      S鑑定は,原告には肩関節の機能障害の後遺症があり,同後遺症は等級表12級6号に該当するとしていたが,自賠責保険の後遺障害認定実務によれば,機能障害が認められるためには,屈曲(前方挙上)・伸展(後方挙上)と外転(側方挙上)の2つが,ともに健側の4分の3以下に制限されることが必要であるから(乙12の1,12の2参照),外転80度という数値のみでは上記基準には該当しないことは明らかである。S鑑定も,後日,回答書においてこの点につき訂正している。したがって,肩関節の機能障害(同12級6号)は認め難い。
    ⑤ 結論
      以上の検討によれば,S鑑定は,後遺障害の認定実務に沿った等級の認定が行われているものとは認め難く,説得力を有するとは言い得ないから,採用することは難しい。
 (五)原告の訴える各後遺障害の有無及び程度についての補足的検討
  (1)RSDについて
     原告は,RSDに罹患したと主張し,RSDによる筋萎縮とその進行に伴う運動的疼痛の増悪,めまい,吐き気,動悸等の不定愁訴などの頚部脊髄症状は,等級表9級10号に該当すると主張するが,本件では,RSDを認め難いことは前記のとおりである。原告は,RSDに罹患したことを強調するが,RSDという診断名から傷害,後遺障害の内容が決まるものではないから,原告の傷病が,RSDであるか否かを特定することは,実益があるものとは言い難い。すなわち,本件においては,診断名を離れて,患者の主訴,臨床医の所見,神経学的検査,画像等の客観的・他覚的所見をもとに,痛みの部位,程度,治療経過,予後等と就労の内容等を総合的に検討して,後遺障害の実態につき判断するべきものである。そこで,以下,原告が訴える各後遺障害の存否を個別に検討する。
  (2)脊柱の運動障害(等級表8級2号)及び脊髄損傷(同9級10号)を認め難いことは,前述のとおりである。
  (3)肩関節の機能障害について
     原告は,肩関節の機能障害の後遺症が残存していると主張し,それにそう供述をするので,検討するに,K鑑定は,原告の両側肩関節には,痛みが常に存在し,右側が強い痛みを示し,右肩関節周囲,肩甲骨周囲には筋萎縮が認められるとした上で,可動域を測定し,肩関節に機能障害が存在することを認めている。しかし,上記後遺障害を窺わせる受傷内容は,事故時の診断名には存在せず,また,4度にわたる自賠責保険の後遺障害認定に対する異議申立手続においても,同部位について障害がある旨の訴えはないこと,K鑑定も,受傷時には記載がない障害部位であり,本件事故に起因する可能性は低い旨の鑑定意見を述べていることからすると,肩関節の機能障害は,本件事故と相当因果関係にある後遺障害とは認め難く,本件においては,これを認めるに足りる証拠はない。
  (4)両膝の神経症状について
    ① 自賠責保険は,両膝の疼痛等の神経症状は等級表14級10号に該当する旨判断しているのに対し,K鑑定は,原告には,「両膝の内側,外側,股関節前面に連なる筋が痛む。筋力の測定は...正確な評価が困難。知覚異常は特に膝の周囲にはないが,左半身に痛覚鈍麻がある。膝周囲における末梢性の神経障害はない。」との意見を述べるにとどまり,膝の神経症状に関する鑑定意見がないので,検討するに,当裁判所は,自賠責保険の認定と同様に,両膝の疼痛等の神経症状は同14級10号に該当するものと考える。その理由は,以下のとおりである。
    ② 同14級10号の「局部に神経症状を残すもの」とは,「労働には通常は差し支えないが,医学的に可能な神経系統又は精神の障害に係る所見があると認められるもの」をいうのであり,この場合,CT,MRIなどの検査によって精神,神経障害が医学的に証明しうるものとは認められなくとも,受傷時の状態や治療の経過などから,その訴えが医学上説明のつくものであり,疼痛などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定される場合には,同14級10号を認定できるものである。
    ③ かかるところ,本件においては,原告は,B病院に搬送され,「頚椎捻挫,右膝外側側副靭帯損傷,両膝・右下腿挫傷」の診断を受けており,D病院においても,両膝痛を訴え,また,●●医院においても,膝痛を訴えている。そして,原告が,自賠責保険の後遺障害認定につき異議申立てを行った理由は,膝痛についての評価がないという点にあった。確かに,膝痛は,CT,MRIなどの検査によって神経障害が医学的に証明しうるものとは認められないものの,原告は受傷後から一貫して疼痛を訴えていること,F病院のQ医師による後遺障害診断書があること(甲5)及び前記認定の原告の受傷時の状態や治療の経過などを総合すると,その訴えは医学上説明のつくものであり,故意に誇張された訴えではないと判断できる。
    ④ よって,原告の症状は,後遺障害として同14級10号の「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認めることができる。
  (5)頚部の神経症状について
     自賠責保険は,頚部等の神経症状は等級表14級10号に該当すると判断しているところ,K鑑定も,頚部に神経根症状は認められないが,痛みが常に存在し,両側の僧帽筋の緊張が強いとして同14級10号が認められるとの意見を述べている。上記自賠責保険の回答,K鑑定,前記認定の原告の受傷時の状態,そして,神経損傷を裏付ける他覚所見がないことや治療の経過などを総合すると,頚部等の神経症状は同14級10号に該当するものと判断できる。
  (6)両膝の関節機能障害について
    ① 自賠責保険の後遺障害認定実務によれば,「関節の機能に障害を残すもの」(等級表12級7号)に該当するのは,「(1)関節の運動可動領域が健側の運動可能領域の3/4以下に制限されているもの,(2)動揺関節のため,通常の労働には固定装具の装着の必要がなく,重激な労働等に際してのみ必要のある程度のもの,(3)習慣性脱臼(先天性を除く)を残すもの」の場合であるとされているが,本件においては,原告の症状は上記(1)の可動域制限及び(3)の習慣性脱臼に該当しないことは明らかである。そうすると,本件では,(2)の動揺関節が問題となる。
    ② そして,上記後遺障害認定実務によれば,「動揺関節」とは,「関節の可動性が正常範囲以上に,あるいは異常な方向に運動可能であるものをいい,レントゲン写真等で他覚的に明らかな器質的損傷が認められるもの」と意義づけられ,また,上記「器質的損傷」については,「例えば靭帯の損傷による関節の動揺が強制位撮影等で他覚的に認められることである。」とされている(乙28)。そして,自賠責保険における後遺障害の評価については,触診や運動診,健側と患側のストレスxpなどの画像所見,関節鏡検査,筋萎縮(周径差),靭帯の各種検査,運動機能と神経学的検査などを参考にし,その程度に応じて機能を評価するものとされている。
    ③ そこで,本件につき検討するに,原告が本件事故後に通院したB病院のカルテによれば,平成7年9月19日欄には(以下,日付のみで表す。),「両側膝関節の痛みを訴え,右膝の内反ストレスにて痛みがあり,外側側副靭帯損傷第1度(もしくは第2度)と診断され,支柱付きのサポーターを装着している。」(甲35・4枚目)との記載があり,同病院のV医師は,「頚椎捻挫,右膝外側側副靭帯損傷,左膝及び右下腿挫傷」と診断している(甲3)ことからすると,原告には,右膝外側側副靭帯損傷があったことが認められる。
      また,●●医院のカルテによれば,平成8年3月6日「歩いていると右膝がガクガクする。」(甲37・10枚目),また,同年6月19日「右膝外側ガクガクする。仕事をするようになってガクガクするようになった。」(同22枚目)との訴えが記載されており,原告は膝の不安定性を訴えている。しかし,同病院において,膝の単純X線写真を実施して検査したものの,膝蓋大腿関節の軽度変形性変化を認める以外に異常所見はない旨の所見が示されている(甲37,S鑑定)。また,××会病院においても,両膝軽度変形性関節症変化を有するも,明らかな外傷性変化を見いだせずとの所見が示されている(甲38,S鑑定)。
    ④ このように,証拠(甲5,35ないし39,乙1ないし6の4,15,S鑑定,K鑑定)によれば,原告には,膝の単純X線写真,MRI検査では異常所見は認められない。また,F病院のQ医師作成の平成9年9月3日付後遺障害診断書にも,「MRIにて靭帯,半月板などに損傷はない...」との記載がある(甲14・7枚目)。
    ⑤ 以上の認定によれば,原告には,症状固定時において,器質的損傷,すなわち,靭帯の損傷による関節の動揺が強制位撮影等で他覚的に認められるものがあったものとは認め難く,また,上記②のように後遺障害の評価において参考とされているところの,健側と患側のストレスxpなどの画像所見,関節鏡検査,靭帯の各種検査,運動機能と神経学的検査等の結果資料がないことすれば,本件においては,動揺関節を認めるに足りる証拠はないというべきである。
    ⑥ ところで,K鑑定は,両膝の関節機能障害につき,次のように鑑定意見を述べている。すなわち,「膝関節の可動域は,屈曲:右150度・左140度,伸展:右0度・左0度であり,理学所見によれば不安定性はなしと判断できる。常に支柱付きのサポーターを片側に2個づつ装着している。...サポーターを装着しないと膝がガクガクして不安定であるとの訴えがある,歩行はゆっくりで約10分から15分が限度である。正座,胡座が不可能,移動動作が緩慢で痛みを伴うことから,両側膝の機能障害を認めると判断する。」(7頁,8頁),また,「膝の不安定感も実際の不安定性は認めないものの主観的に不安定であることとしている。平成13年12月10日の診察時,恥骨部の圧迫試験に対して異常な疼痛反応を示しており,疼痛に対する閾値が異常に低いものと判断される。B病院,○○大学医院通院時にも精神心因反応の合併が疑われている。これまで精神科,もしくは心療内科的な診断や治療がなされていないとするとこれが,現在の多彩な愁訴にも関連していると判断される。正確には精神神経科医の判断を必要とする。」(8頁)旨の鑑定意見を述べている。そして,「膝の不安定性を訴え常時装具を装着しているが,これは硬性装具ではない。しかも,心因性反応の合併が考えられ,〈関節の用を廃したもの〉とは考えられない。〈機能に障害を残すもの〉程度と判断されるが,これについても心因性の問題が関与し正確には精神神経科など専門医の判断が必要である。」(9頁)と述べ,問題点を指摘している。
    ⑦ そこで,K鑑定について検討するに,同鑑定は,「理学所見によれば不安定性はなく」,また,「膝の不安定感も実際の不安定性は認めないものの主観的に不安定である。」との鑑定意見を述べており,両膝関節の機能障害を裏付ける他覚的所見がないとしているのであるから,両膝関節の機能障害を否定しているものと理解するのが相当である。確かに,K鑑定には,「両側膝の機能障害を認める。」あるいは,膝の不安定感も「〈機能に障害を残すもの〉程度と判断される。」と指摘している部分があるが,これは,原告の正座,胡座が不可能,移動動作が緩慢で痛みを伴うという患者の自覚症状によるものであり,原告の主訴によれば機能障害が認められるという内容で理解するのが相当である。また,K鑑定は,膝の不安定性の訴えは,心因性反応の合併が考えられる旨指摘しているのであり,この点を踏まえて,「〈機能に障害を残すもの〉程度」と表現し,正確には精神神経科などの専門医の判断が必要であるとする留保付きの判断である。そうすると,K鑑定は,上記のとおり他覚所見がないことは認めているのであるから,両膝関節の機能障害を否定しているものと解するのが相当である。
    ⑧ 以上によれば,原告の両膝関節には,自賠責保険の後遺障害認定実務による「器質的損傷」が認められない以上,両膝関節の機能障害は認め難いというべきである。
  (7)原告本人供述の信用性
    ① 原告は,本人尋問において,後遺障害により仕事をすることはもとより,歩くこと,洗顔すること等も満足にできない旨供述し,陳述書(甲16,50,96)を提出するが,以下の認定事実によれば,原告の供述を信用することはできない。すなわち,
     ア まず,B病院のカルテによれば,平成7年10月6日「来週から職場復帰する予定」(甲35・8枚目),D病院のカルテによれば,同年11月9日「今週から半日出勤したい。」(甲36・6枚目),同月14日「内勤で半日にしている。」(同7枚目)との記載があり,また,●●医院のカルテによれば,同年12月13日「仕事時間を延ばしたら」(甲37・8枚目),平成8年6月19日「右膝外側ガクガクする。仕事するようになってガクガクするようになった。」(同22枚目),同年10月30日「事故後の膝痛...業務に支障あり...」(同24枚目)との記載がある。このように,原告は,本件事故後,1週間後に職場に復帰し,平成9年3月7日の最終勤務日まで,通院治療等による欠勤や,半日勤務があったものの通勤して稼働している(甲10,原告本人供述第2回15ないし17頁)。
     イ そして,原告は,所沢市□□所在の自宅から勤務先のある千代田区**町まで,電車を利用して通勤していたほか,上記各病院,E整骨院及びH整体院等において治療,施術及び整体術を受けているため,電車やバスを利用して通院している(当事者間に争いのない事実,甲25ないし31の5,35ないし39)。
     ウ また,原告は,電車とバスを利用して,平成9年10月から所沢市所在のスポーツクラブに1人で通い,リハビリ目的でストレッチや水泳を行い,腹筋・背筋運動を50回を目安に行っていることが認められる(原告本人供述第2回18・19頁)。かかるところ,上記リハビリの具体的内容を検討するに,F病院のカルテ(甲39)によれば,平成9年5月21日「ストレッチをすると」(同9枚目),同年7月16日「軽いバタ足をした時」(同),同年9月13日「1回/Wは水泳をすること(背泳,クロールのみ)(同11枚目),同月24日「水泳をするようになって」(同),同年10月29日「バタ足をしていても痛みはなくなってきた」(同),同年11月12日「スクワットで回数↑」(同12枚目),同年12月24日「4setスクワットをしたら」(同),平成10年7月30日「クロールをすると...25m~50m位」(同23枚目),同年9月3日「水泳(クロール・背泳)をしている」(同24枚目),同月17日「リハビリ(水泳)を3/W行う」(同)等の記載があることが認められる。上記記載から窺われるリハビリの内容は,原告の主張する後遺障害に基づく稼働能力の喪失及び原告の生活状況とは相容れないものである。
     エ さらに,原告は,**町にある**情報センター(通称**図書館)に出向いて医学文献(甲51ないし73)を調査し,その写しを入手している(原告本人供述第2回30頁)。
       また,原告は,詳細な大部にわたる陳述書を作成しているのであり(甲96),当該文書の体裁及び内容に照らすと,その作成には相当の労力を費やしていることは明らかである。
     オ 加えて,原告は,これまでに2回か3回,1人でシンガポールに行っていることを自認している(原告本人供述第2回20頁)。
      以上認定の原告の行動は,原告が主張するところの生活状況とは整合しないといわざるをえない。
    ② もっとも,原告は,本人尋問において,後遺障害による生活上の支障及びスポーツクラブにおけるリハビリ内容を縷々供述するが(原告本人供述第1回,同第2回1ないし4頁,同25ないし27頁),原告は,電車バスを利用して1人でスポーツクラブに通い,Tシャツに着替えた上,腹筋・背筋やスクワット等の運動をし,さらに,水泳用帽子・ゴーグルの着脱を行って,クロール等で泳いでいることは,本件記録から優に認めることができるのであり,上記リハビリは,頚部の運動障害,肩関節及び両膝の関節機能障害等が存在した場合には,通常行い難い内容である。そうすると,原告の供述は,本件事故態様,カルテ等から客観的に窺われる生活状況,K鑑定及び弁論の全趣旨に照らすと,不自然であり,信用することはできない。
 (六)原告の後遺障害の程度についての結論
    以上によれば,原告の後遺障害は,頚椎捻挫については等級表第14級10号,膝の痛みについては,同14級10号,これらを併合して14級と認めるのが相当である。
 4 症状固定の時期
 (一)証拠(甲3ないし5,35ないし39,乙15)に現われた原告の主たる症状と治療経過及び臨床医の所見から症状固定時期を検討すると,原告の症状は平成9年9月3日ころに固定したものと認められる。すなわち,
  (1)原告は,本件事故日,B病院において,「頚椎捻挫,右膝外側側副靭帯損傷,両膝・右下腿挫傷」の診断を受け(甲3,35),消炎,湿布,頚椎カラー固定装着等の治療を受けたが,その後,D病院に転医し,「頚椎捻挫,両膝捻挫,右下腿打撲」の診断を受け(甲36),頚椎牽引,ホットパック,湿布,内服薬等の治療を受けた。
  (2)原告は,上記治療を受けても症状が改善しないことから,●●医院に転医して治療を受けたが(甲4,37),同病院のN医師は,平成8年11月27日付診断書において,傷病名を「外傷性頚部症候群,両膝打撲・挫傷」と診断し,「頚部痛持続している。なお,受傷後あった両膝痛の増強あり,...保存的加療を行うこととした。」との所見を示している。また,同医師は,平成8年12月18日付診断書において,「頚部痛の持続,両膝の疼痛等により対症的に加療」との所見を示し,外傷性頚部症候群等の傷病については,平成8年12月18日付の後遺障害診断書において,原告には,「①頚椎xpでの右側弯+,②頚部筋の緊張,③左側の胸鎖乳突筋の腫れ,④右僧帽筋部の腫れ,⑤頚椎可動域制限,⑥同一面での前後屈が不可等」の症状を残して,平成8年12月18日に症状が固定した旨判断している(甲4)。
  (3)原告は,●●医院において外傷性頚部症候群につき症状が固定した旨の診断を受けた後も,両膝の痛み等を訴え,平成9年2月15日,××会病院を受診し,同日から平成9年3月17日まで通院したが,同病院は,「頚椎捻挫,腰椎捻挫,両膝挫傷」と診断し,「膝関節MRI検査異常ない」(甲38,乙15の訳文を引用)等の所見を示している。
  (4)しかし,原告は,その後も両膝の関節痛により歩行,直立姿勢等が困難であることを訴え,平成9年3月28日,F病院において診察を受け,「両膝内障,頚椎捻挫,腰椎捻挫」の診断を受け,消炎,湿布等の治療を受けている。そして,同病院のQ医師は,平成9年7月16日付診断書(甲39・10枚目)においては「左膝内障」,同年8月13日付診断書(同14枚目)においては「右膝内障」,そして,同年9月3日付診断書(同15枚目)においては「外傷性膝関節炎,それに伴う拘縮」とそれぞれ診断し,同日付の後遺障害診断書(甲5)において,精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「両膝蓋骨下縁及び膝蓋下脂肪体の部分に圧痛がある。MRIにて靭帯,半月板などに損傷はないが,脂肪体の部分がHypervascularになっており,炎症を疑わせる。現在膝の拘縮(とくに左)が軽度にある。」との所見を示し,平成9年5月7日に症状が固定した旨が記載されている。
  (5)上記後遺障害診断書には,原告の症状は,平成9年5月7日に症状が固定した旨が記載されているが,F病院のカルテ(甲39)を通じて原告の症状を検討すると,外傷性膝関節症については,平成9年9月3日ころに症状が固定したものと判断するのが相当である。すなわち,F病院のカルテによれば,平成9年5月21日「足をあげることができるようになった。ストレッチングをすると,...つっぱり感+」(甲39・9枚目),同年6月「膝のうごきはよくなってきて膝蓋部に痛み+」(同),同年7月16日「筋の痛みは↓となった,膝蓋下脂肪体部の痛みがつづいている,軽いバタ足をした時痛みが↑となる。」(同)との記載があり,また,同日付の診断書(甲39・10枚目)には,「左膝装具の着用を要する。」旨のQ医師の所見が示されている。このように,上記の時点においては,原告には,いまだ症状の増悪が続いていることが窺える。しかるに,平成9年9月3日に診断を受けた後からは,同月24日「水泳をするようになって...」(同11枚目),同年10月29日「バタ足をしても痛みはなくなってきた。」(同),同年11月12日「スクワットで回数↑...」(同12枚目),同年12月24日「4setスクワットをしたら痛み↑...」(同)との各記載があるように,原告がリハビリを開始していることが認められる。そうすると,平成9年9月3日ころを境として症状が緩解してきているものと認められる。
  (6)以上によれば,外傷性膝関節症については,平成9年9月3日ころに症状が固定したものと判断できる。そして,K鑑定も,症状固定日を平成9年9月3日ころと判断している。
 (二)もっとも,原告は,上記認定に対する反対証拠として,F病院のQ医師の平成11年3月11日付後遺障害診断書(甲14・4枚目,同5枚目)を提出する。前記のとおり,後遺障害診断書(甲14・4枚目)の精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果欄には,「①xpにおいて,異常はないが,MRIで左膝の炎症所見を認めた。②頚椎側面xpにて,C2/3の軽度すべりを認める。前後像で側弯+,MRIにて,C3/4,C4/5の椎間板変性と後方への軽度突出を認めた。③xp上の異常は認めず(腰椎),④僧帽筋腫脹,胸鎖乳突筋腫脹」との所見が示され,脊柱の障害欄には「頚椎にすべり,椎間板変性をみとめる以外の異常はない」,運動障害欄には,頚椎部につき,「痛みのため運動制限+」と付記の上,頚椎の可動域の数値が記載され,また,関節機能障害欄にも,膝の可動域の数値が記載されている。そして,原告の症状は,平成11年3月11日に症状が固定したと記載されている。しかし,平成9年9月以降は,膝の症状については,症状の緩解と増悪が繰り返されているだけで,新たな症状が加っているわけではない(K鑑定)。確かに,Q医師は,原告の治療を続けているが,医師としては,患者との信頼関係を維持するために患者からの愁訴がある限り治療に応じなければならないのが通例であるから,医師は,原告との信頼関係を維持するために治療を継続していたものと推認することができる。そうすると,このような事情の下では,治療が継続的に行なわれていたとしても,原告の症状と治療内容からみて症状の改善が望めない状態となっていれば症状固定に至っているものと判断できる。したがって,平成9年9月3日をもって症状が固定したものと認めるのが相当である。
 5 心因的要因による素因減額
   原告の損害の判断に先立ち,抗弁(心因的要因による素因減額)について判断する。
 (一)交通外傷後の疼痛が,事故時の物損程度も軽く,診察上も軽症と思われる症例につき遷延することが起こり得るが,これらの多くは,被害者が交通事故の受傷による被害者意識や事故後の対応等に対する不満により心気症的になり,このため,急性期を過ぎても痛い部分があると,通常では問題とならないような痛みもより強いものとして受け止めてしまうことがあり(心因性疼痛),痛みが慢性化するほど,不安,焦燥感などの精神症状が強まることが多く,不安感が増すとほかの医療機関を転々としたり,マッサージなどの医療類似行為を受けるようになることは,整形外科領域においてもこれまで問題点として指摘されているところである(乙31)。このような心因性疼痛が寄与するような場合においては,本来は,交通事故の加害者は,同傷害により被害者が被った損害につきその賠償責任を負うのが相当であるが,身体に対する加害行為の結果発生した損害が加害行為のみによって通常発生する程度を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について加害行為前から存在した被害者の疾患や心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らすと,損害賠償額を定めるにあたり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の上記事情を斟酌することができるものと解される。
 (二)そこで,本件についてみると,B病院のカルテによれば,平成7年9月26日「神経学的に少し心因的な問題も?」(甲35・6枚目)と記載され,●●医院においては,平成7年11月29日に精神安定剤(デパス,ドグマチール)が処方されている(甲27の2,37・5枚目)。そして,同医院のカルテによれば,平成7年12月12日付の原告の勤務先のY副支店長兼総務部長(甲88の3)からの同病院に対する書面が編綴されており(甲37・12枚目),それによれば,原告が精神安定剤を服用していたことが窺われる。また,平成8年11月13日には「少くとも外傷での問題はない」(同25枚目)と記載されている。さらに,K鑑定は,鑑定資料を検討した上,原告を診察し,「原告には心因性の反応も否定できない。」旨の意見を述べている。加えて,本件においては,原告は自賠責保険に対し4度にわたり異議申立てを行うほか,××会病院のカルテには,平成9年3月10日「後遺症診断を希望している。...両膝に関して①(両膝挫傷)の病名での後遺症では納得できていない。」(甲38・6枚目),同月17日「MRI,診察所見から考えると,後遺症診断の診断名変更はできません。『承知しました』との事」(同8枚目)との記載があることからすると,原告は,自賠責保険や主治医の後遺症認定につき不満をもっていたという事情も認められる。
 (三)上記認定によれば,原告の症状は,本件事故によりその頚部及び両膝に加えられた外力が契機となって発生したものの,原告の症状の発現には,本件事故による受傷のほか,本件事故以後の生活史での日常生活上あるいは社会的ストレス,自賠責保険の後遺障害についての認定や本件事故をめぐる賠償及び保険問題が解決されないことについての不満,焦燥感,個人の性格,精神状態などの心因性要素が影響していることも窺われるから,損害の公平な分担という損害賠償の理念に照らし,上記心因性の影響は損害額を定めるにあたって考慮に値するものというべきである。
    以上によれば,本件事故により生じた損害のすべてを被告らに負担させるのは,損害の公平な分担の理念に照らし相当ではなく,原告の心因的素因の寄与を考慮して,民法722条2項の類推適用により,被告らの負担すべき損害賠償の額を定めるのに減額要素として斟酌するのが相当であり,減額割合としては,後記損害の全体を通じて1割と認めるのが相当である。したがって,これらの事情を斟酌して減額したうえ,その限度において損害賠償を認めるのが相当というべきである。
 (四)もっとも,被告らは,原告の心因的な反応が極めて強いこと等を考慮すれば,原告の素因の影響は5割を下らない旨主張し,その根拠として,K鑑定を援用する。確かに,K鑑定は,原告を診察した上,「心因性の反応も否定できない」(5頁),「心因反応の強い」(8頁),「心因性反応の合併が考えられ」る(9頁)との所見を示しており,「平成13年12月10日の診察時に,恥骨部の圧迫試験に対して異常な疼痛反応を示しており,疼痛に対する閾値が異常に低いものと判断される。B病院,○○大学病院通院時にも精神心因反応の合併が疑われている。これまで精神科,もしくは心療内科的な診断や治療がなされていないとすると,これが,現在の多彩な愁訴にも関連していると判断される。正確には精神神経科医の判断を必要とする。」(8頁)との鑑定意見を述べている。しかし,K鑑定が,上記心因反応を問題とするのは,いずれも両膝の機能障害(膝の不安定性)に関してのものであることからすると,本件のように,両膝の機能障害が後遺障害に該当しないと判断している事案において,両膝の機能障害に関する心因性の指摘を重視することは相当ではないというべきである。したがって,被告らの心因的な反応に関する素因減額の主張は,その減額割合につき採用し難いものがある。
 6 原告の損害額について
 (一)治療費等(文書代及び施術費を含む。) 9万1046円
  (1)治療費等は,原則として,症状固定時(平成9年9月3日)までの治療費等が本件事故との間に相当因果関係にある損害として認められるところ,被告らは,事故時から平成9年1月29日までの,B病院,D病院,●●医院及びE整骨院における治療費及び施術費等の合計62万3340円については,本件事故との間に相当因果関係にある損害として認めて,病院又は原告に対し支払済みである(乙16の1ないし19の3,27の1ないし27の11)。そうすると,本件においては,本件事故時から上記症状固定日までの治療費のうち未払となっている××会,F病院,G診療所及び●●医院の治療費等が損害と認められる。
  (2)ところで,原告は,症状固定日までの間,上記病院のほか,E整骨院に通院して施術を受けており,東洋医学に基づく施術費も請求するので,以下,検討する。
    ① 交通事故の被害者が,加害者に対し,東洋医学に基づく施術費を交通事故に基づく損害として請求できるためには,原則として,施術を受けるにつき医師の指示を受けることが必要であり,さらに,医師の指示の有無を問わず,施術の必要性・有効性,施術内容の合理性,施術期間の相当性及び施術費用の相当性の各要件を満たすことが必要であると解される。なぜならば,患者の受傷の内容と程度に関し医学的見地から行う総合的判断は医師しかできないこと,施術には整形外科の治療法と比較したときに限界があること,施術の手段・方式や成績判定基準が明確ではないため施術の客観的な治療効果の判定が困難であること,施術者によって技術が異なり,施術の方法,程度も多様であること,施術費算定についても診療報酬算定基準のような明確な基準がないという事情を考慮すると,施術費を,上記要件を満たさない場合においても,医師による治療費と同様に加害者の負担すべき損害とするのは相当ではないからである。
    ② そこで,本件において,上記各要件が充足されているか否かを検討するに,整形外科医がE整骨院に通院を始める平成8年6月22日以前に,整形外科による治療の効果を上げるために施術を受けることを指示した事実は,本件全証拠によってもこれを認める証拠はない。
    ③ しかしながら,証拠(乙19の1ないし3)によれば,施術を受けることにより,残存していた疼痛が軽快し,快方に向かいつつあることが窺えること,整形外科における治療回数が施術を受けることにより減少しており,施術が治療の代替機能を果たしている面があること,施術費は,健康保険や労災保険における柔道整復師施術料金算定基準と比較したとき,社会一般の水準と比較して妥当と判断できる金額であること,被告らは,平成9年1月29日までは,同整骨院における施術を認めていたという経緯があること等を考慮すると,症状固定日までの施術費を本件事故に基づく損害として認めるのが相当である。
  (3)原告の治療費等の請求に対する個別的判断
    ① 原告は,上記症状固定日後の治療費として,F病院,G診療所及びI病院の治療費を請求するが,F病院においては,主に解熱鎮痛消炎剤のインテバンクリームを塗布する治療を継続して行っているにすぎないこと(甲39・12ないし28枚目),そして,K鑑定は,「平成9年9月3日の後遺障害診断書で障害の程度が変化しているとは思われない。」旨の鑑定意見を述べていることからすると,その治療は,症状の改善が期待できない症状固定後の治療にすぎないものと認められ,また,本件記録上,その他の病院における治療が症状軽減等の効果が特にあったと認めるに足りる証拠はない。
    ② 次に,原告は,上記症状固定日後のE整骨院における施術費を請求するが,上記施術は,整形外科的観点から症状の改善が期待できないと判断できる症状固定後の施術であり,また,施術の必要性・有効性,施術内容の合理性,施術期間の相当性及び施術費用の相当性の各要件につき,本件全証拠によってもこれを認めるに足りる証拠はない。
      上記認定の反対証拠として,F病院のQ医師作成の診断書(甲21ないし23)がある。確かに,上記診断書には,整骨院への通院が必要である旨の記載があるが,上記診断書は,平成11年11月1日に作成されたものであって,E整骨院における初療時ころに作成されたものではなく,また,F病院のカルテ(甲39)には,整形外科医が治療の効果を上げるために施術を受けることを指示した旨の記載はないことからすると,上記診断書の記載内容を直ちに信用することはできない。そして,施術費の請求が認められるためには,医師の指示の有無を問わず,施術の必要性・有効性,施術内容の合理性,施術期間の相当性及び施術費用の相当性の各要件を満たすことが必要であるところ,本件全証拠によってもこれを認めるに足りる証拠はない。以上によれば,原告の請求は認め難い。
    ③ また,原告は,整体院における整体料を請求するので,検討するに,対象疾患に対する治療と疲労回復等のための整体術との境界は明確ではないこと,患者の受傷の内容と程度に関し医学的見地から行う総合的判断は医師しかできないところ,整体術は整形外科の治療法と比較したときに限界があり,整体によりかえって筋組織の硬結を招く問題点もあること,整体においても,整骨院における施術と同様に,施術の手段・方式や成績判定基準が明確ではないため施術の客観的な治療効果の判定が困難であることや施術費算定についても診療報酬算定基準のような明確な基準がないという事情があることを考慮すると,施術の必要性・有効性,施術内容の合理性,施術期間の相当性及び施術費用の相当性の各要件を満たす証拠が認められない本件において,整体料を整形外科病院の治療費と同様に,加害者の負担すべき損害とするのは相当ではない。したがって,原告の請求は認め難い。
    ④ さらに,原告は,スポーツクラブ等におけるリハビリ費を請求するが,上記認定の原告の受傷内容,程度によれば,リハビリ費を加害者の負担すべき損害とするのは相当ではない。
  (4)以上によれば,本件において未払となっている平成9年1月30日から症状固定時の平成9年9月3日までの治療費等の合計額は,9万1046円であり,その内訳は,別紙1の1の治療費明細表に記載のとおりである。
 (二)通院交通費          19万1530円
    通院交通費も,治療費等と同様,症状固定時(平成9年9月3日)までの支出が本件事故との間に相当因果関係にある損害として認められるところ,平成9年1月から平成9年9月3日までの通院交通費の合計額は,19万1530円であり,その内訳は,別紙2の1の通院交通費内訳表に記載のとおりである。他方,平成9年9月3日後の通院交通費は,本件事故と相当因果関係のある通院費と認めることは難しい。
 (三)薬局代             5万6200円
    当事者間に争いはない。
 (四)サポーター代          5万1602円
    当事者間に争いはない。
 (五)休業損害          151万7375円
  (1)欠勤による減給分(平成7年9月14日から平成9年3月末日までの減給) 28万3033円
     当事者間に争いはない。
  (2)休業損害(平成9年4月1日から平成9年9月3日までの間の収入減)
    ① 原告は,本件事故後の平成9年4月1日から症状固定後の平成13年5月末までの消極損害を休業損害として請求しているので,以下,検討するに,損害賠償の実務においては,休業損害とは,事故による傷害のため,休業又は不十分な就労を余儀なくされ,その治癒又は症状固定日までの間に得べかりし利益を得られなかったことによる損害,すなわち,事故後から治癒日又は症状固定日までの間における収入減に対する補償であり,他方,後遺障害による逸失利益とは,症状固定後の将来の収入減の問題であると理解されている。上記観点によれば,本件においては,原告が前記会社を退職し現実の収入減が生じた平成9年4月1日から症状が固定した平成9年9月3日までの収入減を休業損害として捉えるのが相当である。
    ② 休業損害の基礎収入について検討するに,証拠(甲9,10,原告本人供述)によれば,原告は,本件事故当時,31歳の男子であり,昭和61年ころ,**大学法学部を中退した後,公務員の受験勉強を続けたが,目的を断念して,平成6年8月ころ,J株式会社に採用され同社の東京支店に勤務したこと,原告は自転車を使用して同社の指定場所に書類を配達する仕事に従事していたこと,原告は受傷後も勤務を続けたが,平成9年3月末日に退社したこと,平成7年7月ないし9月の3か月(92日分)の支給金額は,84万8915円で(甲10),日額は9227円であったこと,平成8年分の収入は444万3400円であったこと(甲9)などの事実が認められる。
      ところで,休業損害は収入減少に対する補償であることは上記のとおりであるところ,本件において原告に収入減少が現実化したのは,退職した平成9年4月1日以降である。そうすると,収入減少が現実化した直近の平成8年分の収入である444万3400円を休業損害の基礎収入とするのが相当である。したがって,日額は1万2173円となる。
        444万3400円÷365=1万2173円
    ③ 休業期間及び稼働能力喪失状況について検討する。
      証拠(甲6,24の3の4,24の3の5,24の4の7,39,96,乙2の1,原告本人供述)によれば,原告は,本件事故により受けた傷害を治療するため,退職後の平成9年4月1日から症状固定日の平成9年9月3日までの156日間,F病院,G診療所,●●医院及びE整骨院に通院したこと,上記通院は,所沢市□□所在の自宅からバスや電車等に乗り継ぐもので,殊に,F病院等及びE整骨院は遠隔地にあることから,同病院等に対する通院は時間を費やすものであったこと,疼痛は上記期間中継続していたことなどの事実が認められる。上記認定の事実によれば,本件受傷及び通院による治療が原告の稼働能力を喪失させるものであったことは明らかである。しかし,原告は,退職するまでの間,疼痛を押して稼働を続けてきた実績があること,F病院等及びE整骨院に対する通院回数も,月におおよそ10数回にとどまっている状況にあること,F病院のカルテによれば,平成9年5月21日「ストレッチングをすると」(甲39・9枚目),同年6月1日「膝の動きはよくなってきて」(同),同年7月16日「バタ足をした時」(同)との各記載があり,症状が緩解していることが窺えること,K鑑定は,「受傷時に入院を要するなどの重大な障害が生じていないこと,理学所見,画像学的所見が重篤でないことから,頚部痛,膝疼痛を管理できれば社会復帰は可能であったと考える。」との鑑定意見を述べている等の諸事情を斟酌すると,原告が当該期間において全く就労し得なかったとみることはできないから,割合的減額を行うのが相当であり,原告の症状の推移,治療内容及び同期間における実通院日の比率を考慮すると,原告の稼働能力は65パーセント喪失したものとみるのが相当である。
    ④ 上記観点により,休業損害を算定すると,次のとおり,123万4342円となる。
     (計算式)
       1万2173円×156日×0.65=123万4342円
  (3)休業損害の合計は,151万7375円となる。
       28万3033円+123万4342円=151万7375円
 (六)後遺障害による逸失利益   238万8898円
  (1)逸失利益とは,身体に障害を残し労働能力が減少したために将来発生するであろう収入の減少に対する補償であるが,損害賠償の実務においては,逸失利益は症状固定後の将来の収入減として理解されていることは,上記に述べたとおりである。したがって,本件においては,症状固定日の平成9年9月3日後からの労働能力喪失期間までの収入減を逸失利益の問題として捉えるのが相当である。
  (2)ところで,原告は,本件交通事故により後遺障害が残り,平成9年9月3日ころに症状が固定し,後遺障害等級併合14級に相当する後遺障害を受けているところ,自賠責保険の実務においては,同14級に該当する者の労働能力喪失率が5パーセントと取り扱われていることは当裁判所に顕著な事実である。しかしながら,原告の後遺障害による逸失利益を認定する上での前提となる労働能力喪失率は,同取扱いに拘束されるものではなく,後遺障害の内容と程度,被害者の年齢,性別,職種,転職の必要性,事故前後の稼働状況等を総合考慮し,当該後遺障害により労働能力がどの程度喪失されるのかを具体的に検討してなされるべきものである。かかるところ,原告の後遺障害は,頚部痛及び膝関節痛であるが,同後遺障害の程度,原告の学歴,職歴及び本件記録から推認できる調査能力,書類作成等の事務処理能力と意欲(甲49の1ないし96,原告本人供述第2回)及び弁論の全趣旨を総合考慮すると,上記障害により,原告の今後の就労先の選択が狭まり,職務内容に制限が伴うものとは認め難い。そして,本件においては,原告は,退職後から現在に至るまで6年以上就労していないことから,上記障害が給与・待遇に及ぼす程度を具体的に明らかにできない状況にあるのであって,自賠責保険の実務における同14級の5パーセントの取扱いでは,原告の上記認定の後遺障害の実態を反映できずに不都合が生ずるような特段の事情を認めるに足りる証拠もない。
     以上によれば,原告は,労働能力を5パーセント喪失したものと認めるのが相当である。
  (3)次に,労働能力喪失期間について検討するに,鑑定人Kは平成13年12月10日に原告を診察し,平成14年6月20日付で鑑定書を提出しているが,原告は鑑定時においても頚部神経症状等を訴えていること,歩行,昇降,起立等の動作は,稼働はもとより日常生活を営む際に両膝に負担をかけるものであり,上記負荷により症状の軽快が遅れることは否定できないこと,痛みの部位が異なること等の事情を考慮すると,原告の後遺障害は,症状固定時から12年間,労働能力を喪失するものと判断するのが相当である。
  (4)基礎収入について検討するに,原告は,症状固定時33歳であり,大学を中退した後からJ株式会社に採用されるまでの間,稼働実績がないこと,原告が30歳であった平成8年度の年収額は444万3400円(甲9)であったこと,上記平成8年度の年収額と賃金センサス平成8年第1巻第1表男子労働者・企業規模計・学歴計・年齢別30歳ないし34歳の平均年収521万8100円を比較すると,平成8年度の年収額は賃金センサス年齢別平均年収の約85パーセントにすぎないことなどの諸事情によれば,本件において,原告が賃金センサスの男子労働者・企業規模計・学歴計・全年齢平均年収を取得する蓋然性があるものとは認め難い。しかしながら,上記比較の対象の平成8年度の年収額は,治療等のための休業を余儀なくされていた状況下での支給額であること,また,原告は,本件事故当時はまだ勤続年数が少なく,その先,稼働を続けていた場合には,定期昇給等により年収が増加したことは十分予想されること,さらに,原告の学歴と能力,勤労意欲,上記労働能力喪失期間等諸般の事情を考慮すると,本件においては,賃金センサス平成9年第1巻第1表男子労働者・企業規模計・学歴計・高卒全年齢平均年収の539万0600円を取得する蓋然性があるものと認められ,同額を逸失利益の基礎収入とするのが相当である。
  (5)以上によれば,原告の逸失利益は,238万8898円となる。
    (計算式)
      539万0600円×0.05×8.8632=238万8898円
 (七)通院慰謝料         182万0000円
    原告の通院の期間,傷害の内容,程度,治療経過等の諸事情に照らし,原告が本件事故によって被った傷害に対する慰謝料としては,182万円が相当である。
 (八)後遺障害による慰謝料    250万0000円
  (1)原告には,等級表併合14級の後遺障害が残存しているところ,本件においては,同後遺障害のほかに,次のような慰謝料の加算事情が存在する。すなわち,
    ① 原告は,本件事故後,会社から勤務形態の変更という温情ある処遇を受けたが,かえって,上記処遇は他の社員に負担をかけ,また,人件費等を増加させるなどの問題を生じさせるものとなり,このような状況の下,原告が後遺障害による体調不良を理由に休暇を申し出たことで,社内の不満・反発を招き,結局は依願退職を余儀なくされたという事情がある(甲88の2,88の3,弁論の全趣旨)。すなわち,上記認定のとおり,退職が本件事故による受傷ないし欠勤等を原因としてなされたという事情は認められないから,退職と本件事故との間には相当因果関係はないものの,本件事故が退職に原因を与えたことは否定できない。したがって,これを慰謝料算定の事情として斟酌するのが相当である。
    ② 本件事故は,被告Aが左後方の安全確認を怠ってドアを開けたことにより生じたものであり,原告には落ち度は見当たらない。
    ③ 原告は,症状固定後も整骨院等に通っているのであり,施術費等を自己負担をしてでも施術等を受けて疼痛を軽快させたいと思う程度の症状に苛まれていたという事情も認められる。
    ④ 被告会社の担当者の原告に対する本件事故後の対応には誠実さを欠いたという事情も否めない(甲88の2,88の3)。
  (2)以上によれば,本件事故に起因して発生した原告の後遺障害による慰謝料としては,250万円を認めるのが相当である。
 (九)損害のまとめ
    そうすると,原告の損害額は,861万6651円となる。
 (一〇)素因減額
    以上の損害合計額から,本件事故に寄与した原告の素因減額として,1割(86万1665円)を控除すると,残額は775万4986円となる。
 (一一)損害の填補
    原告が,本件事故の損害賠償金として138万2885円の支払を受けたことは,当事者間に争いがない。そして,(一〇)の素因減額後の残額(775万4986円)からこれを控除すると,損害残額は,637万2101円となる。
 (一二)弁護士費用         63万0000円
    本件事案の内容,本件訴訟に至るまでの経緯,本件訴訟の審理経過及び本件の認容額等の諸事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては,63万円をもって相当と認める。
 (一三)合計
    損害の填補後の損害と弁護士費用との合計は,700万2101円である。
第5 結論
   以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,連帯して,700万2101円及びこれに対する本件事故日である平成7年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第27部
        裁判官  片 岡   武

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